甘いお菓子を出して





午後の授業を終え、談話室へと戻る。
今日の夕食メニューの予想を楽しげに語る友人たちと共に女子寮への道を辿れば、ベッド上に積まれた羊皮紙の束。

「あちゃー、今日だったか」
可哀想に、と他人事であるのをいい事に、友人たちも鞄を漁り、丸められた紙の束を取り出し、山の上に重ねる。
「じゃ、お願いね。『レポート提出係』さん」
非情な友人たちのさわやかなまでの笑顔に、思わずため息が漏れた。



重い足取りで大広間から遠ざかる階段を降り、下から這い上がる冷気に身体を竦める。
職員でさえ立ち入らないという空き教室の扉が立ち並ぶ通路の奥に、一際辛気臭い黒塗りのドア。
この部屋に用事があるときはいつもひどく不安な気持になる。
今日も例外ではなく、小さく深呼吸をしてから、ノックをしようと扉に手を近づける。
そうして扉に手の甲が触れようとした矢先、ぎ、と軋む音と共に扉が内側へと開かれる。


おや、と呟かれた言葉に顔を上げれば、目の前にいたのはいつものように黒いローブを身に纏ったスネイプ。
***が胸に抱きかかえた羊皮紙の束にチラリと目を向け、部屋に入るよう促すように扉を大きく開く。

失礼します、と申し訳程度に呟き、***は既に大量のレポートが積まれている木製の事務机へと歩みを進めた。

「いつもいつもご苦労なことだな。夕食にも行かずレポート提出とは」

誰のせいだ、と心の中で呟き、羊皮紙を山の上に重ねてゆく。
自分を『レポート提出係』に指名したのは他ならぬスネイプ自身だというのに。

悪意のある人選に今更ながらため息が漏れる。
多少成績が芳しくないというだけでこんな仕事を――、


「……っ、!」

不意に背後から伸びた手が内腿を掠め、***は危うくレポートを取り落としそうになる。

「教授っ!」
諌めるように声を上げれば、いつの間にやら背後に立ったスネイプの腕が腰を抱き寄せ、背中に感じる仄かな体温。

「おや、今日はそのために来たのではなかったのかね」
「日程は後々通告すると貴方が――、」

まあ構わん、と言葉を遮り、スネイプはレイブンクローカラーのネクタイに手を掛ける。
シュル、と柔らかな音を立てて引き抜かれたそれは、そのままスネイプの手を滑り落ちて床へ。

性急にYシャツのボタンを外すスネイプに身体を押され、乗り上げたのは事務机の上。
羊皮紙が端から雪崩のように滑り落ち、採点用の赤インクがそれを朱に染めてゆく。
放っておいて大丈夫なのかとスネイプを見上げれば、構うな、と呟かれた言葉が耳を擽り、そのまま唇が重ねられた。
侵入する熱く柔らかなそれに、いつもそうしろと言われるように、拙いながらに自らの舌を絡める。



こうしてスネイプと身体を重ねるようになったのは成績不振が原因だった。
不振、と言っても進級が危ぶまれるようなものではなかったが、就職には響く。

初めて羊皮紙を抱えて訪れた事務室で、スネイプが提案した密約。
身体を代償に、成績を。
頭の整理もつかぬうちにそのまま抱かれ、いつの間にやら週に一度はスネイプの私室に足を運ぶことが習慣となっていた。
成績のため。
将来のため。


でも。
スネイプの熱い吐息を耳元で感じながら、***はぼんやりと思う。

もはやそんなものがなくとも、私はスネイプの元を変わらず訪れ続けるのかもしれない――。











「ん……」
いつの間に眠っていたのだろうか。
緩慢に何度か瞬きをし、段々と鮮明になる意識の中で、今だ自分がスネイプの私室にいるのだと気付く。


「目が覚めたかね」
少し遠のいた場所から聞こえる声に勢いよく身体を起こすと、途端に身体の節々が悲鳴を上げ、思わず呻き声を漏らす。
自分が横たわっていたのはソファーの上、スネイプはというと事務机で忙しなく羽ペンを動かしている。
レポートの採点だろうか、と思い当たったところで、先程までの記憶が蘇る。


途中で気を遣ったのだ、と***の気配を察知するように言ったスネイプは、やはり羊皮紙から目を上げようとしない。
そろそろお暇したほうがよいのだろうかと時計を見れば、既に消灯時間を優に越えている。

「今日は泊まっていきたまえ。寮に戻る道すがら寮監に見つかると厄介だ」

スネイプの言葉に、***は思わず、え、と声を上げた。
泊まっていけ、などと言われるのはこの部屋を訪れるようになってから初めてのこと。
感じたことの無い妙な気分に戸惑う***を尻目に、スネイプは仕事の手を止め、杖を手にとって小さく振る。

そうして***の前に現れたのは、紅茶と皿に山盛りのクッキー。
向かい側のソファーにスネイプが腰を下ろし、紅茶が二人分用意されていることに漸く気付く。
夕食を摂っていないのだろう、と声をかけられ、思い出したかのように空腹感が身体の奥から湧き上がってくる。
恐る恐るクッキーを口に運べば、鼻腔に広がるバターの香りに思わず美味しい、と呟きが漏れる。

「うむ、中々だな」
ソファーにゆったりと身を預け、紅茶を飲むスネイプも満足げに息をつく。

どことなくいつもより優しげなその表情を、今此処で見られるのは自分だけなのだと思うと、不思議と優越感が笑みとなって自分の口元に現れる。
そんな***の表情に一瞬訝しげな目を向けたスネイプだったが、クッキーの美味しさによるものだと結論付けたのか、ふ、と鼻を鳴らした。


「まあせいぜい今のうちに腹を満たしておくがよい。夜はまだ長いのだからな」


口角を上げ、不敵に笑って見せるこの男に、最早必要なのは貴方だけだと告げてしまえば、一体どんな反応を示すのだろうか。
嘲笑か、拒絶か、それとも。


どちらにせよ、と***はクッキーに手を伸ばしながら思う。


まだそれを告げるには、時が早いのだ、と。




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