空を飛んで見せて

「もっとマシな願いはないのかね」

眉根に皺を寄せて答える黒衣の男に、少女はえー、と不服そうに声を上げる。
「だっておじさん魔法使いなんでしょ?」

『おじさん』という単語に軽い眩暈を覚え、スネイプはこめかみを押さえた。


まさか薬草を摘みに訪れた森の奥深くで迷子のマグルの少女に出会うとは。
天文学的数値でしかありえないこの偶然の出会いに、少女を見てみぬ振りをしてその場を去ることも出来ず。

だからといって、住む場所もわからぬ少女を一体どうしろというのだろうか。


「ね、おじさんってば」
ぐい、とローブの裾を引く少女を見下ろせば、不機嫌そうに頬を膨らます姿。

その呼び方はやめたまえ、と少女を嗜め、諦めて杖を取り出す。
途端に輝く少女の瞳を横目に杖を振れば、足元の木々が集まり、箒を形作る。

多少不恰好だが問題はないだろうと一人ごち、少女の方に向き直る。

「……後ろに乗りたまえ」



「わあーーー!!すっごいおじさん!!」

背中にぴったりとくっついてきゃあきゃあと騒ぐ少女に、スネイプは内心動揺しつつ箒の柄を握りなおした。
よくよく考えれば二人で箒に乗った経験などなかったのだ。
数段難しくなったコントロールに併せて少女にまで暴れられれば、落ちても何ら不思議ではない状況である。

それはそうと。
「君の家はどこかね」
風にかき消されないよう声を張り上げると、少女はあっち、と人差し指を遠くに見える小さな村に向ける。
さほど遠くはない距離だったことにひとまず安心し、箒を前方にぐっと傾ける。
一気に加速する箒。
ぐい、と身体を引かれる感覚に、ひゃあ、と少女が声を上げた。




10数分後、スネイプは他のマグルを警戒し、村の数百メートル手前に着陸した。

頬を上気させ、楽しかったとにこにこ笑う少女を連れ、森の中を進んでゆく。
既に周りには夜の帳が落ち、村の明かりだけが煌々と辺りを照らし出していた。
あまり離れるなと少女を引き寄せ、歩くこと数分。

「ほら、もう一人でいけるだろう?」
うん、と頷いた少女はスネイプのローブを掴んだまま。
寂しげな表情に何と声をかけていいかもわからず、スネイプは口を噤む。

「おじさん、」
沈黙の末、少女は漸く口を開き、小さく手招きをした。
視線を合わせるようにスネイプはしゃがみ、首に回される少女の腕を黙って受け入れる。
「もう会えないの……?」
どうだろうな、と答えると、スネイプは自分に抱きつく少女の身体を離し、杖を取り出す。

黙って少女に向けられたその切っ先に、少女はスネイプの意図を悟り、小さく俯く。
「……忘れなくちゃいけないんだね」

それが魔法界を守るための決まりなのだよ、と宥めるように囁いて、呪文を呟く。
ぼんやりと杖先が光り、ゆっくりと少女の瞳が閉じられていく。


それと――、

「――私の名前はスネイプだ」
おじさんではない、と付け加えた言葉までは少女に届いていただろうか。

小さく、少女の口元が笑みをかたどったような気がした。




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