風邪の日
うっかり傘を忘れたときに限って、雨に降られるものだ。昨日、帰途について、突然のどしゃぶり。雨宿りをしてやり過ごそうとも思ったが、結局走り続けた。これが、僕の失敗。
傘代わりに頭にかざしていた鞄は中の教科書までぐしょぐしょ、シャツはびしょぬれでベッタリと身体に張り付き、お陰で僕自身も風邪を引いてしまった。
今朝の体温は38度3分、無理をしていこうかとも思ったけど、3年生の生徒にうつしては悪いと、結局有休を使うことにした。朝食を軽くとったけど、何だかもやもやする。埋め合わせに入ってもらった先生には、後で謝っておかなきゃ。
シャワーを浴びたあと、くらくらする具合の悪さに耐えかねて、昼食をとらずにずっと布団の上に転がっていた。水分補給しなきゃなと思っても、何だか吐いてしまいそうで気乗りしない。何とか、ゼリー飲料と薬を飲んで、同じように布団に留まっていた。冷えぴたを、額に宛がう。
どうして、風邪を引いたときはこんなに寂しい気分になるんだろう。いつもと変わらないはずの部屋がやけに大きく感じられて、小さな子供に戻った気分だ。呼吸は早いのに、時間が進むのが、やけに遅い。チクタクと刻む秒針が、頭に響いて気持ち悪い。何となく、枕を頭から外して抱き締めた。毛布をかぶっているのに、寒い。震える身体を誤魔化すように、腕に力を込めて枕に顔を埋めた。
いくら怠くても何もしていなくても、時間は過ぎていく。身体の怠さからまったく眠れないまま、時計が丁度7時を回った頃、インターホンが鳴った。宅配は普通6時頃まで、新聞の催促にしてもNHKの催促にしても遅い時間だし、来客に思い当たる節がない。ぐらつく身体を起こして壁を伝い、玄関に出る。
「はい、って」
「よお、元気……じゃねえよな」
見慣れた顔に急に力が抜けて、その場に崩れそうになるのを支えられる。僕よりずっと強い力。煙草と、ちょっとだけラベンダーの香り。大好きな香り。鳥養くんは僕を少しだけ浮かせるように持ち上げ、部屋のなかに入った。
「すみません……ありがとうございます」
布団に横になりながら、何とか笑おうとすれば、鳥養くんに額を軽く叩かれる。渡されたスポーツドリンクは、冷たい。
「薬飲んだか?」
「昼にちょっと」
毛布を顔まで引き上げながら、鳥養くんを見上げる。額に汗が滲んでいた。多分、部活のあとに来てくれたのだろう。嬉しさと申し訳なさと恥ずかしさと情け無さとが、心に入り乱れて、ちょっと熱い。
鳥養くんは僕の頬に手を宛がう。ちょっとあちいな、と彼は呟いたけど、僕には鳥養くんの体温が心地いい。1ヶ所から熱が広がり、お風呂に入ったときのように鳥肌が立った。
鳥養くんに、うつしてしまっては申し訳ないけど、募る寂しさを何とかしたい気が勝る。鳥養くんのシャツの裾を引く、こう言うときくらい甘えたって、バチは当たらないだろう。
「鳥養くん、抱き締めてください」
「えっ?」
鳥養くんの顔は瞬時に赤くなり、あーとかうーとか、目を泳がせている。彼はこう言う、何気ないやり取りが苦手なのだ。初な学生のように、途端に動けなくなる。もっとずっと凄いことを、僕に要求してくるのに。
しばらくして、鳥養くんは意を決したように僕の身体を抱き寄せながら、同じ布団に入って、毛布をかけ直す。彼の胸元に摺より、背中に手をまわす。大好きな香りとぬくもりに包まれる感覚に、寒気が薄れた。
「……先生、俺粥とか作りてえんだけど」
「鳥養くん料理下手じゃないですか、無理しないでください」
「いやだって、あんた病人だろ……」
「いいんです、僕は。鳥養くんの傍にいれるのが幸せなんですから」
さすがに気恥ずかしくて、顔が見えないように腕に力を入れる。鳥養くんも同じように、腕に力を込めた。自業自得の気もするが、ちょっとだけ体温が上がった気がした。

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bkm

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