湯上がり
合宿中の、生徒たちの練習の熱気に当てられて、知らず知らずのうちに、動いてない僕にも汗が滲んでいた。べたりとくっつくとまではいかないにしろ、気持ち悪く付きまとう嫌悪感を振り払うようにシャツを脱ぐ。着替えの上に置いた腕時計は、11時を回っていた。何か忘れ物がないか確認しながら更衣室をまわる、特に無さそうだ。ふとそこで、もう誰もいないと思っていた浴室に誰か先客がいることに気づいた。おそるおそる覗いてみると、長い薄色の金髪と、がっしりした体つき。どちらかと言うと、多分整っているんだろう顔つき、しかしまったくもって見覚えがない。
「あ、あのー……」
「んだよ、さっさと入ればいいだろ先生」
聞き覚えのある声と少し粗雑な物言いから、ようやくそれが鳥養くんだと気づいた。冷静に考えたら、こんな遅くに入浴するのなんて、僕と鳥養くんくらいだ。さっき生徒たちの見回りはしてきたし、いるわけがない。
「髪下ろすと全然違うひとみたいですね」
少し安心して笑いながら、眼鏡を棚に置く。ぼやけた視界の中、おそるおそる洗面台に向かう。ここで転んだら、すごく痛そうだ。
鳥養くんの隣についてシャワーを浴びる。疲れた体に、穏やかな温度が心地よい。
そこで、鳥養くんが僕の方を見ていることに気づく。ぼんやりとしか姿は分からないが、視線が向いているようだ。
「どうかしましたか?」
「ん、いや、先生さ、眼鏡外すと余計に若く見えんなあと」
鳥養くんは髪に滴る水を軽く払いながら、浴槽へ向かった。遠ざかる背を眺める。ほんの少しだけ悔しい。何度も新任の教師に間違われてきたけど、やっぱり僕は童顔らしい。
不満ごと押し流すように髪と身体を洗い、浴槽に向かう。鳥養くんと並んで、座高を比べられないようにわざと深く入った。
「僕、これでも歳上なんですからね」
「あ?ああ、さっきのか。まあでも事実だろ」
鳥養くんは勝手に一人で頷いて納得している。もちろん、自分が年相応に見えないのは分かっているが、何となく気にくわない。
「だからって、言わなくてもいいじゃないですか」
ぷくりと頬を膨らませたまま、浴槽の縁に顎をのせる。ぶわりと広がる熱気と、相変わらずはっきりしない視界のせいで、頭の中までぼんやりとしてきた。それでもじっと耐える。
「子供っぽいこだわりだな」
鳥養くんは愉快そうに笑う。こっちは全然楽しくないです、むしろ真剣なんですよ。また子供のように扱われるのが嫌で、口には出さない。
そのまましばらく会話が途切れた。鳥養くんの鼻唄を聞きながら、ずっと浴槽につかっていた。深く入りすぎたのか、変に気を入れすぎたのか。頭がぐらぐらと揺らぐような感覚に、俯く。
遠くから響くような鳥養くんの声が耳に届いた。

「……うう」
白い天井と、隣にそびえる棚、下はベンチか何かだろうか。自分が寝ていることを把握してから、記憶を探る。頭の痛みと、中途半端に途切れてしまった記憶と、タオルだけをまとった体から、自分がのぼせてしまったんだと気付いた。
「……っひい!?なん」
「ようやく起きたかよ」
突然額にあてがわれた冷たさに驚いてそちらを見れば、鳥養くんがひらひらと何かを手に持ち、揺らしているとわかった。鳥養くんが渡してくれた眼鏡をかけ、スポーツドリンクを受けとり小さくため息をついた。
「すみません、ご迷惑をかけてしまって……」
「いいけど、やっぱ先生、見た目通りどんくさいな」
笑った鳥養くんに言い返す言葉が見つからず、起き上がってただ黙々と服を着る。運んでもらったのが、申し訳なくて、情けない。今日は鳥養くんに、歳下扱いされっぱなしな気がする。大部分は自業自得だが。
「……やっぱり、僕だめだめですね。鳥養くんの方が体力も、バレーの技術もあるし、若いのにしっかりしてますし」
ペットボトルを額にあてがいながら、何度めかのため息をつく。仮にも顧問を任されたと言うのに、生徒のために何ができているだろう。頑張ろうとは決めたものの、きっと大したことはできない。
鳥養くんは不思議そうな顔をして、缶コーヒーを開けた。小気味いい音が響く。
「そりゃ気にしすぎだろ?あんたは頑張ってると思うぜ」
「……たとえば?」
鳥養くんは少し考えるように、缶コーヒーを口に含んだ。
「試合の取り付けとか、あと俺に頼みに来たこととかな。練習中も、やんなくていいのにボール拾いしてんだろ?上手いとこはねえけどさ、一生懸命なのはわかるぜ。技術とか云々の前に、先生のそういうひたむきで真面目なとこ好きだと思うよ、生徒も」
鳥養くんは言い終えて、残った缶コーヒーをぐいっと飲んだ。最後の言葉の続きを考えて、何だか恥ずかしくなって、俯く。ちらりと覗いた鳥養くんの顔も、少し赤い。きっと、入浴後だから。
むずがゆいけれども、何だか嬉しくて頬が緩む。顔をあげて、鳥養くんに向き直った。
「ありがとうございます」
「っ、……おう」
鳥養くんはすぐに頭を掻きながら顔を背けてしまった。ぼそぼそと何かを呟いているようだったけど、何も聞き取れなかった。

20/31
bkm

top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -