なんのせいだ
1日中練習した汗をシャワーであらい流して、寝室へと向かう。そこそこ綺麗な青城付属の合宿所は布団も柔らかくてさほど寝心地も悪くはない。田舎の夏の夜は昼よりもずっと涼しい。風が吹けばわずかに頬が緩むほどだ。髪が微かに揺れる。心地よさと疲労感と眠気から来る浮遊感に、少し視野が狭まっていたのかもしれない。
「わっ、と」
「大丈夫ー?」
自分よりも少し低い位置からひょうひょうとした声が聞こえた。大丈夫です...と呟きながら見下ろせば暗いためにぼんやりとしているが、見慣れた茶髪。及川さんはきょとんとした顔でまじまじと俺の顔を眺めていた。
「...金田一?」
「ッス、金田一です」
ああ、というふうに及川さんが納得するような顔をする。髪形がちがくて全然わからなかったよ、と。俺はそんなに顔の印象が薄いのかと少しさみしい。少し落ち込んでいたのが通じたのか及川さんがかすかに笑みを浮かべて俺の髪をなでた。
「そんな顔しないでよ、ごめんってー。それよりさ、金田一って髪の毛案外さらさらだね。下ろせばいいのに」
もう一方の手も加わって、包み込むように撫でられる。くすぐったい。少し暗闇に慣れてきた視界に及川さんの顔が映る。同性から見ても、綺麗な顔だと思う。試合中とは違う和やかな雰囲気、楽しげに緩んだ頬、髪と同じ色の綺麗な瞳、かっこいい。
「...金田一、どうかした?」
「えっ、あ、さーせん!」
いつの間にか手をおろした及川さんの不審そうな目と視線が交わる。いつの間にか、及川さんの顔に見とれてしまっていた。恥ずかしい、恥ずかしい。そしてこれ、男が男に見とれるなんて、気持ち悪いだろ。思わず口元を隠してそのまま去ろうとする。
「あ、ちょっと」
「へっ?」
及川さんに思い切り腕をひかれ、そのまま振り返る。すると髪をひと束とられ、そのまま唇を落とされる。思わず動きを止め、呆然と及川さんを見ていたが、少しずつ、状況を理解して。顔が真っ赤になるのを抑えきれなかった。そんな俺を尻目に及川さんは楽しそうに笑って、背を向けた。
「そーんな可愛い顔してたら、わるいやつに食べられちゃうぞー?なんてね」
そのまま何事もなかったかのように歩き始めた背中を呆然と眺める。かわいい?え、なにが?そして、この動悸はなんだ。
きっと及川さんが訳のわからないことをするから、訳のわからないことになっているんだ、多分。

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bkm

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