うぶ
西谷さんにサーブ練習を付き合ってもらって、部屋に戻ろうとしたときだった。秋風は身体に冷たく、タオルを半袖の上から羽織るように纏う。ぎゅっと端を握って飛ばされないように気を付けながら、渡り廊下に差し掛かったときだった。かさり、と木陰の方から音がして何となく目を向ける。音駒高校の敷地内に猫でも紛れ込んでいたら、と考えると少し面白い。なるべく音を立てないようにそっと近づいた。しかし、俺の予想を悠々と越える光景が目の前に広がっていた。
人影が二つ、木に沿うように立っている。そしてその高い方の影がゆっくりと動き、小さな影と重なる。少し漏れる息遣いと、水音。暗くてはっきりとは見えないが、恐らくキスをしているのだろう。思わずその場にしゃがんで口を手でふさいだ。そろそろと覗く。
「……クロ、合宿中くらい我慢してよ」
「別にばれなきゃいいだろ」
あきれた声と、飄々とした声。これは、音駒のセッターと主将だろうか。確か孤爪さんと黒尾さん。孤爪さんは日向に振り回されていたな。マネージャーさんと部員かと思っていたのに、ますます訳がわからない。恋人、なのだろうか。話では聞いたことはあるが、実際に見たことはなかった。バレたらどうしよう。さらに強く口を塞ぐ。
ようやく暗闇になれてきた。また覗き込む。しかしそのとき、孤爪さんと目があった気がした。思わずびくりと肩を揺らして、すぐに隠れる。
「……あっち、人いたよ」
「あ?だーれだ」
しかし隠れた甲斐もなくすぐに見つかってしまった。しゃがんでいた俺を見下ろすような高い背。黒尾さんも孤爪さんも、猫のようだ。鋭い目に圧されて、小さくすみませんとだけ呟いた。しばらく沈黙が続く。あ、これだめだ。死亡フラグだ。だらだらと冷や汗を流しながら、目を伏せる。しかし、長い手が俺の方に伸ばされ、そのまま持ち上げるように立たされた。にっ、と不敵に笑う黒尾さんの顔。
「あ、あの……えと」
「悪い。変なとこ見せちまったな。なんだっけ君、ツッキーに本気出させた一年生の、あー……っと」
「山口、でしょ。翔陽が話してたよ」
助け船出した孤爪さんに黒尾さんはしきりに頷いて、俺をおろした。ただ呆然と黒尾さんを見上げる。黒尾さんは俺の視線に気づくと少し笑って、頭を撫でた。何故だかわからないが、孤爪さんも少し背伸びをして、俺の頭を撫でた。
「なん、ですか?」
「いやあ別に?自主練お疲れさん山口クン」
「……お疲れ様、山口」
ひらりと手を振って黒尾さんが去り、笑ってから孤爪さんもそのあとを追っていった。二人の関係もわからないし、最後に激励されたのもよくわからなかったが、悪い人たちではないのかな。じっと、背中を見送った。
「……ああ言うウブっぽいのもかわいいよな」
「クロに渡すくらいなら俺がもらうよ」
二人でなにか話していたようだったけれども、内容はわからなかった。

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bkm

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