ぎゅう
影山に抱きつくのが好きだ。ぎゅって腕に力をいれても、胸の辺りでふわりと受け止められる。くっついている部分から熱が伝わって、ああ今目の前に影山がいるんだって実感できる。そんで、柔軟剤のいい匂い。見えないけれど、影山は顔を真っ赤にして、わたわたと動揺してるんだろうなって想像するのも楽しい。そんで満足したら、火照った顔を見られないように、すぐ離れる。二日に一回は、影山に抱きつきたかった。

「かーげーやーまー!」
「うお!?ひ、日向!?」
驚いて身体を引いた影山を無視して、勢いよくその胸に飛び込む。背中に手を回して、いつも通りの感覚を味わう。秋の涼しい空気のなかで、影山の身体だけが暖かい気がした。夜練の帰り道、辺りにはもう人はいない。鈴虫が高い声で鳴いているだけだ。
「おい日向、人来たらどうすんだよ!離れろって」
「いいじゃん、もーちょっと!」
影山は引き剥がそうとはしない。なら、まだこのままでいいだろう。温もりが身体の端から芯の方に染みていく気がした。恥ずかしくないわけじゃない。でも、それ以上に落ち着く。現に俺の心音はとくん、とくんと柔らかく打つだけだ。
影山は気にくわない。バレーならなんでもできる天才ってやつで、なんでこんなやつがいるんだろうって、泣きたくなるときだってある。それでもやっぱり大事な相棒で、変えることはできない存在だ。そしていくら怒りっぽくて、怖くて、ムカついても、そのぬくもりは俺を安心させてくれる。へへ、と頬を緩めながら、ぎゅっと腕に力を込める。
「あー……もう!」
「へ!?」
突然背中に腕を回された。驚いて影山を見上げると、そっぽを向いていた。顔は暗くてはっきりしないけれど耳が真っ赤になっているのは見てとれた。俺の方まで、顔が熱くなる。心臓が痛い。きゅってしまって苦しい。この感覚はなんだろう。目の前の影山の心音も、俺の心音も、大きく深くうっている。何だが涙まで出てしまいそうで、誤魔化すように顔を押し付けた。
「お前、まさか泣いてんのかよ」
「泣いてない!泣くかばーか!」
もうこれ以上は駄目だ、だめだ。背中から腕を外して、影山の胸を押し返す。しかし相変わらず力を緩めていない影山を離すのは、到底無理だった。いつもと逆の体勢。身体が熱くなって、ちょっと震える。何故だか滲む視界。こんな気持ちは知らない、知りたくない。
「……かげ、やまもう」
「うっせ、黙ってろ」
俺が動揺するほど、影山は落ち着いていく。影山は俺の頭に押さえると、そのまま顔を近づけた。目をつむる。唇に、柔らかい感覚。すぐ、離れてしまった。影山は小さく息をはいて、ゆっくりと俺を解放した。すぐに距離をおいてごしごしと唇を擦る。初めての感覚が、まったく消えてくれない。ぼんやりと残ったまま、漂っている。
「自分が原因の癖に照れてんじゃねえよ」
「っ、影山のばか!」
べーっと舌を出してから、走ってチャリを取りに行く。思いきり、思いきりこごう。秋の風が、身体の熱をさらってくれるように。

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bkm

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