悔しいけど
俺の前に立ち塞がった天才第二号。くそ生意気でくそかわいい後輩。認めるのが怖くて悔しくて、嫌だった。しかしやっぱりその技量は認めざるを得なくて、ただすごいと感嘆してしまった。しかもそいつは、周りと関わって、俺と直接対決して、弱点を埋める活路を得た。飛雄は、俺がどんなに走っても手を伸ばしても、届く位置にはいない。ずっと前から分かっていた。
わだかまっていたものを認めると同時に、ストンと俺のなかに落ち着いた感情。どうやら俺は飛雄のことが好きらしい。無い物ねだりの類いだろうか。
近くの大学に進学したと聞いて、からかってやろうと会いにいったのに、何か歯止めが利かなくて、好きだと口走った。そのときの飛雄のアホ面ったらなかった。

そんなこんなでただいま同棲中。論文の修正をしていると、トントンとまな板の音が聞こえた。地元のお母ちゃんの顔を思い出したが、キッチンに立っているのは飛雄だ。エプロンをつけた後ろ姿もずいぶん様になっている。初めのうちは何度も指を切りふて腐れた飛雄に、絆創膏を貼ってやったものだがそれもない。パソコンを閉じて飛雄の元へといく。後ろから覗き込めばレシピを真剣に見ているようだった。
「なーに作ってんの」
飛雄の肩を引いて、耳元でささやく。びくりと身体が震えた。包丁で怪我をしないように、それを取り上げて流し台に移動する。もう切り終わってるみたいだし別にいいよね。飛雄はよく見慣れた仏頂面で俺を見て、ため息をついた。
「及川さんは邪魔することしかできないんですか」
「……ここはさあ、離れてくださいとか恥ずかしいですって言いながら顔を赤くするのが普通でしょ」
「どこの普通か知りませんけど、今更ですって」
呆れた顔、かわいげがない。しかし飛雄は俺の相手をする気はあるようだ。軽く手を洗ったあと、キッチンヒーターを切り、俺に向き直り手を広げた。
「はい、どうぞ」
「別に何かしたかった訳ではないんだけど」
これもある意味据え膳か。飛雄を持ち上げて、ベッドへと運ぶ。体格差がほとんど無くても、横抱きでなければ何とか持ち上げることができる。飛雄は王様。お姫様だっこも似合いそうだから、自分にその力がないのがちょっと残念だ。
飛雄の手をとり、ぺろりと舐める。そのとき、鼻を刺激した苺みたいな甘ったるい匂い。思わず顔をしかめた。
「香水つけてる?」
「俺はつけてませんけど。ああ、もしかしたらさっきの冊子についてたかもしれませんね」
「……女の子?」
「はい」
まじかよ。多分その子飛雄のこと好きじゃないの。思わずがっくりと肩を落とす。付き合い初めの頃は、女の子とあんまり仲良くするなとか、俺以外の男とべたべたするなとか、面倒な難癖を付けていたが今はそうではない。ずっと一緒にいて気付いたのだが、飛雄は相当周りの好意に疎い。だからいくら相手がこいつにアプローチしようとも、気付かない。しかももし俺みたいな男が現れて、強引に事に及ぼうとしても問題ない。こいつは強いし容赦がない。たとえ好意に気付かなくても、暴力を振るわれたとして、何倍にもして返すだろう。だから余計なことを言わないように、考えないようにはしているのだが。
「匂いつけてくるとか止めてよもう……」
思わず漏れた言葉に、飛雄は少し驚いたように目を丸め、じっと俺の方を見つめていた。何だか見透かされているようで、あまりいい気はしない。飛雄は俺に手を預けたまま口を開いた。
「嫉妬したんですか?」
飛雄の言葉に俺の方が言葉を失う。この恋愛情緒皆無なトビオちゃんから、嫉妬という単語が口に出されたことが信じられなかった。俺は思わず飛雄の額に触れる、さほど熱くない。酔っている様子もない。
「……嫉妬した」
ぎゅうっと強く抱き締め、そのままベッドに倒れる。飛雄は衝撃に少し顔をしかめながらも、すぐに俺の背に手を回した。
「嫉妬した、だから塗り替える」
「どうぞご自由に。それが出来るのは及川さんの特権ですよ」
耳元に届く甘い誘い。俺ランキング面倒臭さNo.1の飛雄が、俺に身を委ねて、俺を特別視してくれる。絶対に届かないと思った背中に、俺は今腕を回している。優越感と幸福感と、それらを包み込んでしまう好意が、押し寄せてきた。
「あーあ……悔しいけど好きだわ」
「俺もです」
滅多に見せてもらえない笑顔が、眼前にあった。幸せを押し込めるように、深く唇を重ねた。キスの味まで苺味、とはいかなかった。

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bkm

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