あったかスープ
料理の腕には人より自信がある。恋人のいない期間が長すぎて、ほとんどの家事は僕一人で出来るが、特に料理は、美味しい肉じゃがを作るために一時期練習していた。加えて、好みの料理を探すのが楽しくて、何冊ものレシピ本が家に溜まっていった。気づいたら、料理のレパートリーはかなりの数になっていた。
お玉で鍋のスープをすくい、口に含む。手早く作り、あまり煮込んでいないにしては、なかなかの出来だ。ちらりと後ろを振り替える。鳥養くんは布団の上で寝息をたてていた。僕の家に来てから一時間たったが、まったく起きる気配がない。やっぱり疲れているようだ。恋人の彼と触れあえないのはほんの少しだけ寂しいが、仕方ない。いつもありがとうございますと、深々と頭を下げたいが、とりあえず、鳥養くんが目をさますまで、スープを煮込んでおこう。時計は9時を回っていた。
テーブルの上にパソコンを広げる。次の授業で使うプリントのデータを作らなければならなかった。明日は休日とはいえ、早く作業するに越したことはない。鳥養くんの寝息と、僕の打つキーボードの音が、小さな部屋に広がる。同じ空間に他の人がいるのは、くすぐったい。鳥養くんの髪をさらさらと指でなぞる。芯の強いそれは、自分のものとは違っていた。
鳥養くんと付き合いはじめて何週間か経っているし、もうじき30となる身としては、女性との経験がないわけでもない。しかし、鳥養くんと一緒にいるのは、他の誰かと一緒にいることとはまったく違っていた。ふわふわとして暖かくて、柔らかくて、ちょっとだけ怖くて、恥ずかしい。それは決して悪いものではなくて。むしろ、自分は幸せなんだと感じることができた。キーボードを打つ手がとまる。自然と、頬が緩む。
そんなとき、突然背後から腕が伸びてきた。それが鳥養くんのものだと気付いた頃には、すっぽりと抱き締められていた。あわあわと腕を動かしてみても、到底抜け出せそうにはない。背中に伝わる熱が、悔しいけれども心地いい。
「起きたなら普通に声かけてくださいよ!」
「別になんもかわんねえだろ」
鳥養くんは適当に流しながら、伸ばした手で僕の打ち込んだデータを保存すると、そのままパソコンの電源を切ってしまった。そしてパソコンを閉じると、僕をさらに深く抱き締め、首筋に顔を寄せた。
「……スープ煮込んでるんですけど」
「あ?めんどくせえな……」
鳥養くんは頭を掻いて立ち上がると、弱火を消してガス栓を閉じた。そして僕を抱きかかえ、布団におろす。
「お腹空いてないんですか」
「いや、それよか先生がほしい」
前髪を押し上げられ、額にキスをされる。鳥養くんの目は、獣が獲物を定めるように細められている。こうなったらもう、話は通らない。僕は雰囲気に飲まれるだけ、流されるだけだ。
終わったらもう一回スープを温めよう。これから喉が枯れてしまうだろうから、それで暖まろう。とにかく今は、鳥養くんと好きなだけ触れ合おう。顔が緩んでいるのがバレてしまわないよう気を付けながら、そっと鳥養くんの背に腕を回した。

13/31
bkm

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