ぬくもりとかみなり
どんよりと暗い雲が辺りを覆う頃、時計の針は6時を回っていた。会議と店番で、顧問とコーチが不在のまま行われた部活も、普段より少し早く終わることになった。モップがけの途中、窓の外を眺める菅原が月島の目に留まる。自分より低い位置にある姿は、どこか不安げに見えた。

部室に忘れ物をしたと気付いたのは校門を出てすぐだった。山口は用事があるからと早く帰ってしまっていた。どうせ嶋田のところで練習するのだろうなと思いながら、来た道を引き返し始めた。
校門に入った辺りで、澤村とすれ違った。今日は菅原と一緒ではないのかと疑問に思ったが、何でも菅原も忘れ物をして部室へ戻ったらしい。次は気を付けろよと肩を叩いて、澤村はすぐに歩いていった。
部室棟の階段をのぼる途中、遠くから雷鳴が聞こえてきた。ピカッと光る空に、雨が降りそうだと肩を落とす。幸い、鞄のなかには折り畳み傘があったはずだ。
部室へ入り、自分のロッカーを覗く。愛用のヘッドフォンと、音楽機器。いつも使うのに忘れるなんてどうかしてるなと、ため息が溢れた。
そこでふと、部屋の隅に小さく丸まった身体に気付いた。制服と対照的な、灰色の髪。さっき澤村が戻ったと言っていた菅原だった。ぎゅっと身を縮こまる彼は、恐らく月島の存在にも気付いていないのだろう。
「菅原さん、体調悪いんですか?」
「っ、あ、あっ、つ、月島か? いや、そういうんじゃないんだけどね!」
月島が声をかけた途端に勢いよく顔を上げた菅原は、そのまま壁に頭をぶつけていた。それを誤魔化すように、早口で言葉をまくしたてる。菅原は少し恥ずかしそうに、また顔を隠した。
そのとき、外でまた雷が光った。数秒後の雷鳴に合わせるように、ぽつぽつと雨まで降り始める。これは早く帰らないと面倒かもしれないなと、傘を取り出す。
「菅原さんはまだ帰らないんで……」
振り返った月島の視線の先で、菅原はカタカタと小さく震えていた。さっきよりもさらに身体を小さく抱え込んで、耳を塞いでいる。また雷が光り、雷鳴が響く。びくりと身体が大きく揺れた。
「……あの、菅原さん」
「だ、大丈夫大丈夫!あとちょっとしたら帰るからさ、月島も、帰ってい、ひう!」
菅原の声は震え、掠れていた。もしかしたら泣いてすらいるのかもしれない。菅原は雷が怖いらしかった。しかも、この狭い部屋で一人誤魔化し、やり過ごすつもりだ。普段きれいに笑う顔が歪んでいる。このまま放って帰って、いいわけがなかった。
しまったばかりのヘッドフォンを取り出す。縮こまったままの菅原に近づき、その手を思いきり引いた。傾いた身体を抱き止めて、ヘッドフォンをその頭へと被せた。何が起こっているのか分からないと言うようにまばたきをする菅原の背中をさすった。
「澤村さんとかは知らないんですか」
「……誰にも言ってないし。恥ずかしいじゃん、男子高校生が未だに雷怖いなんてさ」
強くなりそうな語気をなんとか抑えながら、ずれたヘッドフォンを直す。黙ってされるがままの菅原の顔は、目元が赤くなっていた。人のことはしっかり見てくるくせに、自分は一人だけで耐え抜こうとする。その態度が、苛立つ。
「……僕があのまま帰ってたら、一人でずっと雲が去るまでここにいるつもりだったんですか。怖いならちゃんと頼ってくださいよ」
月島の方だけ見透かされているようで、嫌な気分だった。自分の言っていることが、おかしいとは分かっていた。しかし、月島の目の前で、人を頼らず人を思いやる菅原の力に、少しでもなれないかと思ったのだ。
しばらくして菅原は月島の背に手を回し、その胸に顔を埋めた。もう怖くないや、そう呟くと、また顔を上げた。
「月島やっぱ優しいな、さんきゅ。 だからもうちょっとだけ、このままでいい?」
菅原はふわりと笑い、ヘッドフォンを押さえた。月島もその上から手を重ね、小さく首を縦に振る。
このことは二人の秘密だ。後から振り返ったら、多分月島も菅原も、思わず頭を抱えたくなってしまうだろう。
しかし月島は、ほんの少しだけ寂しく思った。この行動も、この感情も、らしくない。さっきよりいくらか暖かくなった背中を擦りながら、小さくため息をついた。

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bkm

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