後日談 ~Eye~

「遺跡」よりほど近い街の宿。そこにザインはジグと同室で泊まりに来ていた。──のだが。
(ちょっと待て……なんでこうなってる?)
 ザインはジグに組み敷かれていた。逃げ場などあるはずもない。彼を蹴り飛ばして逃げることも可能かもしれないが、何故だか力が入らず、目も逸らせない。
 ジグはこちらの頬を、ゆっくりと丁寧に撫でて来た。
「っ!」
 思わずびくついて、肩を跳ねさせてしまう。
「……可愛いですよ」
 愛しい人にそうするように、耳元で囁くジグ。
「……僕には君しかいません。君は……僕の世界そのもの……」
 今度は肩を撫でられる。
「みすみす渡しなどしません。あんなのに」
 白い少年は顔を上げてこちらを見下ろす。妖しく笑うその表情は、この世のものとは思えないほどに美しかった。

-------------------- 

 アスの屋敷の外にある草原で、彼はセイスと花とともにのんびりと寛いでいた。花は少し離れたところで、日向ぼっこをしている。
「花さーん! あまり遠くへは行きませんように!」
 セイスの呼びかけに対し、花は「はーい!」と言わんばかりに、こちらに向けて大きく手を振っていた。
「相変わらず、可愛らしいですね。花さんは」
「……手を出すなよ」
 睨みをきかせてセイスに牽制すると、彼は肩を竦めてみせた。

 昨夜の彼との会話で、思ったことがある──セイスは、不老不死の術に手を出した折……それは、どれほどの覚悟が要ったのだろうということだ。きっと、こちらの想像を絶するものなのだろう。

「生きなきゃな。今回は──どんなことが、あっても」
 ぽつりと呟く。
「どうしたんです、突然?」
 セイスは見ずに、離れた位置でのんびりと過ごしている花に目を向ける。
「……意地でも?」
 少しの沈黙のあと、セイスがそう問うので、
「……意地でも」
 そこでようやくセイスを見、同じように答える。彼は少しだけ、切なそうに微笑んでいる。
 気がつけば、自身も同じような表情をしていた。

 ──本日は快晴だ。泣きたくなるほどに。

--------------------

 夜。ミカはふと目を覚ました。隣を見遣ると、そこで寝ていたはずの勇者の少年──ブレイクの姿がない。のそりと起き上がり、寝台から降りる。すぐそこの椅子の背にかけてあった上着を軽く羽織ると玄関へと向かい、外へ出た。

 家のすぐ近くにそびえ立つ大木の根元に、少年はいた。
「ブレイクさま」
 声を掛けると、ブレイクは素直に振り向いてきた。
「眠れないのですか……?」
「まあな」
 彼の傍へ、静かに歩み寄る。そうしてすぐ前まで来ると、
「でも、昼間は驚きました。洞窟──壊して帰られましたから」
 困ったように笑って、ブレイクにそう告げる。彼はばつが悪そうな顔をしていた。
「悪かったって……」
 その言葉を遮るかのようにふるふるとかぶりを振り──精一杯の笑みを向ける。
「……良いんです。ブレイクさまが、ご無事で帰ってきてくれましたから」
 胸にぽっかりと灯る、優しい灯。
「それで……充分なんです」
 すると突然、彼がこちらを強く抱きしめてきた。なんの、前触れもなく。
「ひゃっ!?」
「……分かんねえ」
 こちらの背を強く抱き寄せ、ブレイクが呻く。
「お前といると……分かんねえことだらけだ」
 その声は、どことなく震えているようで。恐る恐る彼の背を握り、暖かな感触に浸るのだった。

--------------------

「ララ、また旅に出ちゃったね」
 ふたりきりになった魔王城の一室。ゼロは相変わらず紅茶を嗜んでいた。どこか遠いところからでも聞くような心持ちで、目の前にいる黒髪の青年の言葉を聞く。
「なんだか、“頭を冷やしに行ってくる”とか言ってたけど……」
「キミのせいでしょ」
 青年はぱちくりと瞬きをした。
「……オレの?」
「……解ってないの? ……呆れた」
 うーん! 青年は俯いて、頭を抱えている。
「女の子ってわかんないよ! そりゃ、ララは頼れるヤツだけどさ……」
 溜息を吐いて、座っていた椅子から降りる。
「どこ行くの?」
「……外の空気を吸って来るだけだよ。キミはひとりで考えていた方がいい」
 てとてとと歩き始めると、青年がこちらの後を追い、そのまま抱き竦めてきた。
「や、ちょっと……!」
「兄さんにまで呆れられると、オレ、傷つくなあ」
 耳元に息を吹きかけられる。
「……慰めて、くれるよね?」

「や、ちょっと、まっ、て」
 その場に押し倒されて、上半身の衣服を脱がされてしまう。
「今日はベッドじゃないけど、我慢して」
「そういう、問題じゃ……っ、いやっ……」
 遠慮なくこちらの肌を撫でて来る青年の腕を掴み、必死に抵抗する。
「ふたりとも、冷たいよなあ。だから慰めてよ。ね」
 妖しく光る、血の色の瞳。ソレから逃れられないと分かると、ゼロは絶望した。

--------------------

 陽は今いる村を優しく包み込み、長閑な場所をいっそう長閑な雰囲気にしていた。
「こういうところを散歩するのもいいな」
「旅の疲れも吹き飛ぶ」
 そうだなあ……アグレイは辺りを見渡す。

 「村」と銘打っているだけあって、建造物はほぼ木造だ。アスファルトも極端に少ない。家畜ものんびりと過ごしている。犬と追いかけっこをしている子どももいた。

「スノウは、将来住むなら……こういうところがいいか?」
 問われて、隣に歩く少女──スノウは、うーんと唸ってからぽつりと零す。
「どこでもいい」
 それから間髪入れずに、
「アグレイと一緒なら、どこでもいい」
「…………」
 言ってくれんなあ。しみじみとした気持ちで、スノウの言葉を飲み込む。
「まあ、そうなるのはまだ先だろうけどな」
「うん」
 アグレイは立ち止まる。悠々と雲が流れる空を見上げて、ぼそりと独りごちた。
「……俺、前を向いて行くよ。もう、過去に縛られるのは──やめる」
 何歩か先で、スノウがこちらに向かって手を振っている。
「アグレイ!」
「はーいよ」
 すぐに少女に追いついて、また並んで歩く。
「何を、していた?」
「ん?」
 脳裏に浮かぶのは、愛しい者の笑顔。もう、出会うことは出来ない者の、眩しい笑顔。でも──
「……誓い、かな」
「???」
 疑問符を浮かべるスノウに、安心させるように笑ってやる。

 ──ふたりの「本当の旅」は、まだ始まったばかり。



fin.