アスと花とセイス

 ここは広大な屋敷。持ち主である赤髪の青年──アスは、青い髪をした慇懃無礼な青年と、猫の耳を生やした愛らしい少女とともに会話を交わしていた。
「この世界には、“天界”があることをご存知ですか?」
 青髪の青年が、にっこりと笑いながらこちらと少女に問う。少女は首を傾げた。少ししてからもとの姿勢に戻る。
「んーっと。天国みたいなところ?」
「そんな感じですかねえ」

 青髪の青年は「セイス」、猫耳少女は「花」という名だ。セイスとは腐れ縁、花とは恋人同士。最近はよく自身の屋敷で、この面子で話をすることが多くなった。それはちょっとだけ、喜ばしいことなのかもしれない(出来れば花とふたりきりの時間も設けたいのだが)。

「天界は、神と四大天使が統治しているらしいですよ」
「よんだいてんし」
 花がぽかんとしているので、彼女の頭に手を置き、フォローする。
「ミカエル、ラファエル、ウリエル、ガブリエルだな。ミカエルとは会ったことがある」
 花はこちらを見上げる。
「へー! どんな人だった?」
 くしゃくしゃと柔らかな髪を撫でながら、
「カタブツ。救いがないくらい」
 花は擽ったそうにしている。その表情に、思わず笑みが溢れた。
「じゃあ、アスと気が合いそうじゃないですか。似た者同士で」
「似てねえよ」
「でも、天界かー。いいねー。きっとステキなところなんだろうな」
 花の言葉を聞いて、そこでようやく彼女の頭に遣っていた手を離す。ちょっとだけ名残惜しい気もした。
「でもセイスくん、どうして天界のこと、詳しく知っているの?」
「家柄が魔術を学ぶところでね。自然とそういった情報も耳に入って、そいつを何度も聞かされるんですよ」
 へえー、タイヘンだ。花は心底そう思っているようで、吐く息とともにそんなことを口にしていた。
「でもお前、そこから家出したんだろ」
「そうですねえ……伴侶も決まってはいたのですけれど。ケリました」
「え!? お嫁さん、決まってたの!?」
 セイスは、ふーむ……と考える仕草をしてから、驚く花を見つめた。
「ですねえ……でも、その方よりも、僕は花さんの方が……」
「おい」
 思わず鋭いツッコミを入れる。花は事態を飲み込めていないようで、ひたすらに疑問符を浮かべていた。


 時刻は夜になった。花は先に眠りにつき、自身とセイスとで酒を持ち寄って、少しの肴とともに晩酌をする。

 セイスは少しずつ酒を飲みながら、ぼんやりと言葉を溢す。
「こういうやり取りも、もう何度目でしょうね」
「さあ。数えてない。知らん」
 ふふ。相変わらずの態度なこちらに、セイスは嬉しそうに笑う。
「……君たちは長命ですからねえ。人間の僕が、君たちを見守るには……あまりにも、寿命が足りない」
 こちらも酒に手をつける。目の前に座る彼の言葉を聞きながら。
「そこで僕は、不老不死の術に手を出しました。禁忌でしたけど、成功しましたね。魔術のベンキョウが嫌で家を飛び出したのに……結局、魔術に頼ってしまった」
 盃を机上に置く。
「良いんじゃねえの。お前が“間違いじゃない”と思えれば、それで」
 セイスは少しだけ驚いたあと、
「そうですねえ……」
 しんみりとそう口にした。


 窓から見える月は綺麗な円形で、そこから程ない距離に星が瞬いていた。