ブレイクとミカ
いつ見ても長閑すぎて、退屈になって来る場所だと思う。そんなヒマな空間に、ひとりの愛らしい少女が単身、暮らしていた。
「ブレイクさま……本当に行くんですか?」
「ああ」
少女はこちらの名を呼び、心から心配そうな面持ちで佇んでいる。
ブレイクは恋多き勇者の少年だ。そんな彼にも「本命」と言っても差し支えのない子がいた──目の前にいる、茶色のふわっとした長い髪とつぶらな瞳、控えめな佇まいがそそる少女がそうである。彼女はこのヒマな村でひとり暮らし。それを良いことに(?)ブレイクは彼女の家を拠点とし、敵を蹴散らす旅を続けていた。
そんな凶悪な彼についた二つ名が「最凶の勇者」。本人にも訂正させるような意図が見えないため、その名が浸透している。
そして今、その村の近くの洞窟に「魔物」が棲みつき始めたとのウワサを聞きつけた彼は、ソイツをぶった斬るために洞窟に向かうところだった。
「心配です……いくらブレイクさまがお強くても……」
「心配すんな」
ぴしゃりと言い放つ。
「ウデ試しってやつさ。絶対に負けねえ」
その言葉に、少女の頬が紅く染まる。
「ミカ」
少女の名を呼ぶ。ミカは、そっとブレイクを見上げた。ブレイクはミカにこれ以上ないほどに近づくと、そっと唇を重ねる。
「じゃあな」
唇を離し、後ろ手に手を振り、ミカの家を後にする。少女はずっと、こちらの背を見つめていた。
「ふーん。まあまあそれらしいトコだな」
松明を手に洞窟に足を踏み入れ、中の様子を見渡す。
「コケねえように気をつけときゃ充分かな」
ごつごつとした感触がなかなかに不快だが、魔物を倒すという目的のためには文句も言っていられない。
途中幾度か影の形をした魔物に襲われたが、難なく蹴散らして、最奥部へと辿り着く。そうと解ったのは、無骨すぎる壁にわざとらしい装飾が施されていたためだ。
「趣味の悪いことで」
肩を竦めながら辺りを見渡す。すると、
「おっと」
目の前に、何かがぼうっと映し出された。その姿は半透明で、かろうじて「目」と分かるパーツがくっついている。実体を伴わないそれこそが、ブレイクの求めていた魔物であるようだ。
「なんだこりゃ。剣は効かねーか」
魔物はゆらゆらと揺れながらこちらを見つめている。
「お前……」
それはのそりと、言葉を吐き出す。口がないのにな。ブレイクは明後日なことを考えていた。
「性格が歪んでいることで有名な者だな。ヒネたお前に、私を倒すことなど出来ない」
明後日な考えから帰還して、ブレイクはニヤリと笑う。
「そいつはどうかな」
一瞬の出来事だったように思う。「力」を解放した自分が、目しかない、気に入らない呪詛を吐き出した魔物を跡形もなく消し去ったのは。力の加減も出来なかったので、洞窟が崩れ去るのも時間の問題だろう。
やはり敵ではなかった。こんな場所からは、とっととお暇するとしよう。
崩れ落ちる洞窟から無事抜け出し、自身の掌を見下ろす。
「バカげてんだよ。どーせ、あの魔物を倒す方法だって物理的な力以外の“なにか”──例えば“想い”がどうとかだったりするんだろ」
眉根を寄せる。
「バカくせーったらねえ。力こそ総てだ」
ミカの待つ村へと足を向ける。洞窟を壊してしまったことは、なんと言い訳しようか。言い訳など、必要ない気もするが。
──俺様は最強だ。悪魔に魂を売り渡して、その代わりにどんなヤツにも負けねえ力を手に入れた。
──俺様を甘く見るヤツは全員──
「ブッ潰してやる」