王と龍


▼ 回想

 ここは魔王城の一室。小さな部屋で、飾り気もない。その雰囲気が、非常に「彼」らしいと言えた。
「どう? 兄さん」
 そう問いかけると、兄と呼ばれた者はぱちくりと瞬きをした。
「どうって?」
「あ、ああー。いきなりだったね、ごめん。気分はどうかな……って」
 兄と呼ばれた者は、静かに瞳を閉じている。
「うん……そうだな……」


 決して裕福な家庭ではなかったが、そこはいつでも温かさに満ちていた。「幸せ」というものは、きっとこういった感覚のことを言うのだろう。
 自分には想い人がいた。それは実の妹だった──許される恋ではなかったため、その気持ちは内に仕舞い込んでいたが。

 でもまさか、その気持ちを生涯伝えることが出来なくなるなど、思いもしなかった。

ある日用事を済ませて帰宅すると、家族は皆無惨な亡骸と成り果てていた。もちろん、彼の妹も。
 その光景を目の当たりにした彼は、変貌を遂げていた。「真っ白な者」へと。もとのどこにでもいる好青年だった彼とはかけ離れた、浮世離れした白さと美しさを持つ者だった。


 ある日、ひとりの男が現れた。その者は自らを「蛇神」と名乗り、こちらを満足そうに眺めていた。

「キミの家族を始末したのは、ボクだよ」
 その男の口から飛び出した言葉。
「ああ、落ち着いて。って、ムリか。でもまあ落ち着いてよ。これにはれっきとした理由があるんだ」
 男はこちらに一歩、また一歩と近づいて来る──
「ボクはキミに恋をしたんだよ。だから、キミをボクと“同じ”にしたかった。でもね、それには“必要なもの”があるんだよ。厄介だよね。──もう、解るよね?」
 冷たく妖しい眼差しが、こちらを捉える。
「そう、“人命”さ。変貌には人命が必要なんだ。それは多ければ多いほど良い……ってのは口実で、キミの大切なヒトを全員消してしまえば、キミはイヤでもボクしか見えなくなるだろ? ──そんなところさ」

…………

「兄さん?」
 割り込んできた声に我に返る。
「ごめん。考えごとしてた」
 目の前の青年は、柔らかい笑みを浮かべながらかぶりを振った。
「いいよ。そういえばあれから、“アイツ”には会えないままだね」
 アイツ──蛇神のこと。この青年は、自分の事情を知っているのだ。
「兄さんの姿を変えさせちゃって、そのうえ更に呪いまで……何がしたいんだろ」
 どこかで見てんのかな。青年は心配そうに、深い息を吐く。
「分からない……でも、今度会ったら……」

 ──消してやる。この手で。

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