▼ 記憶
幸せだった。これ以上なんてない程に。自身の世界は、この子で回っていたようなものだった。
「お兄ちゃん!」
小さな背の少女が、こちらへとてとてと駆け寄って来る。
「また探検して来たな、ウィスティ。そんなに服を汚して」
腰に手をあてて、呆れて笑う。ウィスティと呼ばれた少女は、舌を少しだけ覗かせ、言葉を紡いだ。
「だって、楽しいんだもん。すっごく! ねえ、それより聞いて」
眩しい程の笑顔。自然とこちらまで顔が綻ぶ。
「とっておきのお土産があるんだよ! お兄ちゃんが、とっても好きそうなモノ!」
ずっと、ずっとずっとこの幸せは続くと思っていた。
大切な子で回っている世界。満たされた心と時間。
──それなのに。
ウィスティの齢は十七を数え、春にもうすぐで手が届く頃。
ふたりはある日突然、永遠の別れを告げられた。
自暴自棄になった自分は、ひとつの「手段」に出た。
自慢ではないが、学はある方だ。それを活かすのだ。自身の心の傷を癒やす為に。
そうして彼の手で「生み出された」のが、
「アグレイ」
スノウ。スノウ、スノウ。妹の姿形をモデルにした少女。
「あの……アグレイさん?」
「アグレイ。いつも以上にぼさっとしている」
アグレイは真っ青な空を見上げた。
──もう、会えない。でも、俺には──
青いキャンバスに悠々と流れる雲を見つめながら、泣きそうになるのを必死に堪えていた。
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