ナツのユキ


▼ 面影

 翌朝。あれからまたぐっすりと眠り、体力はすっかり回復した。階下でスノウと共に朝食を済ませた後、スノウはこちらの服の裾をくいくいと引っ張って来た。
「アグレイ。体力、回復した?」
「ああ、お陰さまで。もう大丈夫だ」
「じゃあ、頼みがある」
 頼み……? きょとんと少女を見下ろしていると、彼女はほんの少しだけ瞳を輝かせ、「頼み」とやらを口にした。
「街の散策をしたい。アグレイと一緒に」


 午前中と言えど、大きめな街なのでそれなりに人気がある。
「人の多さに酔わない? それが心配」
「そこまで弱くねえから……」
「でも前に、こことは違う街に着いた時、酔っていた」
「……」
 何も言えずに、街の様子を見る。家々や店が鬱陶しくない程度に立ち並び、なかなか良い場所だな、と思う。
「パンのニオイがする」
「後で買って食うか」
 何気ない会話を交わしていると、
「アグレイ。あの子見て」
 スノウがある場所を指差す。その指先を視線で辿ってみると、建物の軒下で戸惑いながらきょろきょろとしている少女がいる。
「あの子、なんだか周りの人と様子が違う。困っている」
 その少女を見たアグレイは、昨晩感じた想いを思い返していた。
 こちらの戸惑いをよそに、スノウは少女の元へと駆けて行く。
「……」
 思わず、立ちすくむ。通り過がりの者に幾度かぶつかり、不思議そうな視線を向けられても、動く事が出来なかった。
「アグレイ!」
 スノウがこちらを手招きする。その声と仕草にようやく我に返り、非常にゆっくりとした速度でそちらに歩を進め始めた。


「この子、迷子なんだって」
 スノウの近くに立つ少女は、ぺこりと頭を下げた。
「ティリスと申します。ありがとうございます、声をかけて頂いて……」
「迷子……」
 少女──ティリスは、困ったように笑ってみせた。
「はい……この街にはまだ越して来たばかりで。まだ地理をよく把握出来ていなくて」
「……」
 大丈夫だよ。ティリスに気遣うスノウの声を遠く遠くに聴きながら、アグレイは昨夜思い返していた記憶を脳裏に蘇らせていた。大切な人との記憶。


 亡くなった、彼の妹との記憶を。

prev / next

[ back ]