ナツのユキ


▼ 魔物

 あれから無事に街へと到着。今は宿の一室にいる。傍らで椅子に座るスノウは、首を傾げながらぼやいた。
「アグレイ、ブッ倒れた」
「うるせえ」
 寝台に横たわるアグレイは、スノウを睨んでみせる。しかし少女には怯んだ様子は全くない。
「……はあ。良いだろ、体力ねえんだよ」
「責めてはいない。これ」
 言いながら、スノウは濡れタオルをアグレイの額にびしゃりと載せた。
「つめてっ! 何コレ、水分が多すぎやしねえか!?」
「我慢」
 アグレイはひとつ溜め息を吐き、
「……こーゆートコから教育してかねえとダメだな……」
 スノウに聞こえるか聞こえないかという程の小声で呟いた。


「それよりも、アグレイ。丘で見た魔物」
「ああ……」
 無機質な天井を見つめる。正方形の線がたくさん刻まれたそこを、顔は動かさずに視線で辿りながら、ぽつぽつと語り始める。
「あの影な。カタチは皆それぞれ微妙に違うが、“不定形な影の魔物”って点では世界共通だな。いくつか不審だったり不明な点もある」
「ふうん……」
 スノウは真剣な面持ちで、こちらの話に耳を傾けてくれている。
「なんでも、その魔物は神様が生み出したらしいぜ」
「それは……嘘?」
 すぐさま突っ込んで来るスノウ。そこでやっと、アグレイは少女を見遣る。
「嘘言ってどうすんだよ」
「だって……信じられない」
 もう一度、溜め息を吐く。今度は深めに。
「残念ながら真実さ。ちょっと詳しめな文献には皆載ってる事柄だし。ウチの世界の神様は気紛れで横暴で理不尽。そんなお人がやりそうなこった」
 スノウは、うーんと唸っている。
「目的は。魔物を生んだ目的」
「知らん。でも多分、ロクな理由じゃなさそうだな」
 額に載るびしょ濡れのタオルに指を添えながら、話題を切り替える。
「ま 俺はこのまま寝るよ。疲れた」
 こくりと頷く少女に、微苦笑を零す。
「明日、またよろしくな」
「おやすみ、アグレイ」
「ああ。おやすみ」
 タオルの感触に慣れ始めた頃に、アグレイはそっと意識を手放した。

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