ハーデンベルギア


▼ 理由

 ザインは宿の一室に設えられた風呂の浴槽に浸かって、ぼんやりと考え事をしていた。
「…………」
 あの少年──ジグは、何故自分のような男を選ぶのだろう。
(てかよ……)
 顔が半分隠れてしまう程に浸かり、きゅっと瞳を閉じる。
(あんだけの容姿なら、女が寄って来んだろ……ホントなんで俺なんだよ……)
 ああもう! そう胸中で叫びながら、乱暴に顔を洗う。
「なんだって、俺がアイツの事で悩まなきゃならねんだ!」


 簡素なベッドに寝転がり、天井を見つめる。ぼーっとしている内に眠気がやって来て、ザインはそっと意識を手放した。

「え?」
 ジグはザインに声を掛けられた事自体がたまらなく嬉しかったらしく、笑顔で振り向いて来た。
「僕が貴方に執着する理由……ですか」
 ジグはふむ、と顎に指をあて、考える仕草をしてみせる。
「そういえば、改めてお話していませんでしたね」
 指を離し、ジグは語り始めた。
「僕は『虚ろ』だったんです。虚無。空っぽ。でも、そこに貴方が現れた。そうして、僕にくれたんです。『生きる希望』を」
 彼はこちらを、いとおしそうに見つめている──


 ザインはそこで目が覚めた。すっかり失念していたが、そういえば以前に尋ねた事があったのだ。何故自分なのかと。
「あのヤロー、いつもいつもベタベタベタベタして来るから忘れちまってたじゃねえか……」
 ベッドから降り、着替えを済ませると、ふと視線が全身を映す鏡に向いた。
 痩せた体、お世辞にも穏やかとは言えない顔つき。短く切りそろえた金の髪──
 鏡を割ってやりたくなるような衝動を抑えて、朝食を摂るべく食堂へと向かう。

 どうせあの男はまた、自分の前に現れて、甘い言葉を吹っ掛けて来るのだろう。木製の廊下をだんだんと音を立てて歩きながら、ザインは何とも言えない気持ちになるのだった。

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