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ヒーロー少女

 苗字名前は小さい頃からヒーローに強い憧れを抱いていた。周りの女の子はみんな、王子様に守られる様な可愛らしいお姫様になりたいと、その丸い頬を桃色に染めていた。だが、名前は攫われたお姫様を助けに向かう赤色のおじさんだったり、お姫様と世界を救うために剣を手にとる緑の勇者だったり、そんなヒーローに目を輝かせていた。
 特に好きなのは日曜日の朝に放送されるヒーロー戦隊モノだ。困っている人たちを助け、悪さをする怪人を倒す。そんなヒーローは何よりも誰よりもかっこよくて、苗字の胸を酷く震わせた。

 ヒーローになりたい。

 これは、大きくなった今でも色褪せることの無い名前の夢である。





 雨が家の屋根にぶつかる音で目が覚めた。時計を見ると、アラームが鳴る6分前。苗字は小さく唸りながら、寝返りを打った。今日も学校だ。起きねばならないとは思っているが、ギリギリまで睡眠を貪りたいと言う欲にはなかなか抗えない。何故アラームの鳴る前に目が覚めてしまったのか。なんだか勿体ないことをしたようで、苗字は酷く残念な気持ちになった。
 6分後狙いを定めていたかのように目覚まし時計はしっかりと仕事をこなすために激しい音を鳴らす。もう6分経ったのかという気持ちでそれを手のひらで叩き、音を消す。少し前に目を覚ましていたおかげか、随分と意識も覚醒している。

「ふわあ…」

 うんと体を伸ばす。欠伸をこぼし、ベッドから這い出る。下の階からは香ばしい朝の香りが漂っていた。腹が素直にぐうっと音を鳴らす。それを撫で、壁にかけていた制服に手をかけた。
 こうして、名前の一日が始まる。
 
「いってきまーす!」

 準備を終えた名前は鞄を手に持ち、外に出る。鮮やかな黄色の傘を手に持ち、それを花開かせる。ついこの前買ってもらったばかりの新品だ。早く使いたくて、雨をずっと心待ちにしていた。その時がようやく来たのだ。
 名前は傘をくるりと回し、楽しげにステップを踏みながら、道を歩く。濡れる靴も、鞄も、服の裾も、何もかも気にならないくらいには上機嫌だった。

 雨は嫌いじゃない。跳ねる水たまりは楽しくて、ポツポツと聞こえる雨の音は心地の良いBGMになるから。
 雨の音に合わせて歩道橋を登っていく。トン、トン、トン。ポツ、ポツ、ポツ。新品の黄色の傘はグレーの空によく映えて見える。それが嬉しくて笑いが止まらない。階段を登りあげ、橋を渡ろうと歩き出した時。苗字はふと気づいた。
 橋の真ん中。そこから下を見下ろす一人の男。彼は傘をさしておらず、頭の先から全身びしょ濡れであった。いつからこうしてここで雨に濡れていたのだろうか。藍色の髪に隠れた表情はこちらからは伺い知れない。名前はいてもたってもいられなくなり、素早く動き出した。

「ねえ、ねえ!」

 彼の元までたどり着いて、名前は男に声をかける。鼻の先からこぼれ落ちる雫。それが作り出す軌跡に目を奪われる。彼はゆったりとした動作で顔をこちらに向けてきた。

「なにか?」

 藍色の髪の隙間から見えた、赤と青のコントラスト。それを見た瞬間、名前は息を止めた。時間が止まったような、ここだけ世界から切り取られたような、そんな感覚。言葉に形容し難い初めてのそれは、恐怖に近く、また恋にも似ていた。

「濡れちゃってるよ!」

 白い手を掴み、無理矢理傘を持たせる。その手はびっくりするくらいに冷たかった。それがなんだかとても可哀想で、名前はぎゅうっと握る手に力を入れた。手に広がる温もりに、赤と青の瞳は大きく見開かれる。

「じゃあね!風邪ひかないように気をつけて!」

 そして、苗字は走り出した。ぽつぽつと雨粒が頬を伝っては流れ落ちる。傘をなくした分、体は身軽になったが、上から降り落ちる冷たい粒は容赦なく苗字を襲う。水たまりを踏んだ。ぱしゃんと跳ねた水の感触が気持ち悪い。それでも苗字は走った。
 朝からいいことができた。困っている人を助けられた。なんだかヒーローみたいだ。そう思うと、口がにやけて仕方なかった。

「くしゅっ!」

 体をぶるりと震わせ、鼻をすする。手渡した傘が、ずっと使うのを楽しみにしていた新品のものだったということに気づくのは、いつになるのか。
 だが、それでも彼女はただ笑うだけだろう。なんせ、彼女はヒーローなのだから。







「タグ…」

 黄色い傘にぶら下がったタグ。そこには値段が記載されていた。恐らく買ったばかりのものなのだろう。グレーの空を隠すように頭上にひろがる黄色も、眩いほどに綺麗だ。
 男は手に馴染ませるように傘をクルクルとまわし、そして、少女が去っていった方へと視線を流した。赤色の瞳が怪しげな光を灯す。そして、「クフフ」と笑みをこぼして、その場を離れていった。