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地の底でずっと願っている

 目が覚めた。ツンとした独特な香りは、慣れたものだ。いや、慣れちゃダメだろ!と脳内幼なじみが鋭くツッコミを入れてくるので、名前は確かにそうだなと妙に納得してしまった。
 パチ、パチ。瞬きを繰り返す。体を動かそうとすれば、指の先がまず震え、シーツに皺を作れた。

「いつつ……」

 痛む体を無理矢理起き上がらせる。頭はまだクラクラとしたが、起きれないほどでもない。お腹は動かせば痛いが、我慢できないほどでもなかった。

「生きてる……」

 なんて、変な実感が身に染みた。
 名前の中で残っている最後の記憶は、こちらに振り下ろされる冷たい刃だった。だが、名前は頭と腹以外の傷は見当たらず、平然とまた生きている。
 死んだと思っていたのに、生きているとは。なかなか不思議な心地だ。まあ、いいことなのは間違いないのだろうけれど。

「沢田くん、大丈夫なのかな」

 辺りをキョロキョロと見回す。名前が眠っていた場所は真っ白いシーツが伸ばされたベッドだ。それを取り囲むように白いカーテンに覆われている。病院の一室っぽいのだが、ここが何処なのか詳しくは分かりそうにない。
 ふわふわと踊るように揺れるカーテン。それに誘われるように、名前はそっと手を伸ばした。そして、引っ張ろうとしたところ、それよりも前に白いカーテンは音を立てて開かれた。名前の視界も同じように広がる。

「お、もう起きたのか。見た目に反して随分と打たれ強いじゃねえか」
「うわ!イケメン!!誰!?」

 カーテンを開けたのは、金髪の美丈夫であった。明らかに日本人ではない顔の作りをしている。左の鎖骨あたりにタトゥーが見えて、かっこいいなと素直にそう思えた。友人の綺羅辺りが好みそうな男だ。

「ハハ、しかもここまで元気とはな。こいつもツナのファミリーなのか?」
「いや、違うぞ。今はな」

 すると、赤ん坊がぴょんと飛び上がり、名前のいるベッドに乗りあがってきた。黒い背広に帽子。赤ん坊にしては随分とハードボイルドな雰囲気を醸し出していた。
 しかし、名前は彼に見覚えがあった。チクタクと進む時計の秒針のように名前は思考を巡らせる。そして、ポーンと思い出した。

「沢田くんと一緒にいた子だったよね?弟くん?」
「違ぇぞ。俺はリボーン。ボンゴレファミリーの殺し屋だ」
「んえ?ボンゴ……?殺し……?」
「マフィアだぞ」
「まふぃあ?」

 寝起きの頭は複数の慣れない単語を上手く処理できずにいるようで、名前はぐるぐると目を回した。
 ボンゴレ。ファミリー。殺し屋。マフィア。点と点が繋がりそうで、繋がらない。

「お前もファミリーに勧誘したいんだがな」
「ふぁみりー。家族……だよね?私、求婚されてる?」
「ブフ!」

 すると、金髪の青年は噴き出して笑った。周りにいるスーツの男たちも肩を震わせている。名前としては、変なことを言ったつもりは無いのだが。

「悪いな。未成年には手は出さねえ主義なんだ」
「いや、赤ちゃんに言われても」

 しかも、何故かこちら側が振られたみたいな形になっている。何故。納得がいかないなあと首を傾げた。

「ファミリーに勧誘できねえ理由でもあるのか?」
「約束があるからな。だが、名前、お前には期待しているんだぞ」
「期待?」

 名前の問いに、リボーンはにんまりと笑みを浮かべた。可愛らしい赤ん坊の笑顔のはずなのに、それが末恐ろしく思えるのは、何故なのか。

「あの六道骸の心に寄り添い、情を与えた女だ」
「へえ、人心掌握に長けているのか?そうは見えないがな」
「人を味方につける……いや、敵を作らないのが上手いんだ。それも無意識下のうちにな。それに加え、丈夫でタフ、あの暗殺部隊の一員に飛びかかるほどの無鉄砲さ、度胸もある」
「え、えへへ、褒められてるんだよね?照れちゃうなあ」

 言っていることの大半の意味がわからないが、とりあえず褒められているのだろうと前向きに捉えて、名前は照れくさそうに笑った。なるほど、愛嬌もあるな、と金髪の青年は楽しげにつぶやく。

「今のところは保留だ。だが、名前、お前が望むなら、俺たちはいつだってお前を歓迎するぞ」
「いや、何が?意味がわかんないんだけど」
「頭が弱いのが玉に瑕だな」
「これは褒められてないな?」
「でも、いつか来るはずだぞ。お前が決断する時がな」
「決断?」

 名前の疑問に答えることなく、赤ん坊はぴょんと跳ねて、ベッドから降りた。そして、送ってやってくれ、と言葉を残して、部屋から出ていってしまった。不思議な赤ん坊だ。

「あ、あの、沢田くんは?無事ですか?」
「ツナか?あいつなら大丈夫だぜ。心配することは無い」
「そっか、よかったあ」

 名前の質問に金髪の青年は気前よく答えてくれた。沢田の安否を確認できて、名前はほっと肩をなでおろした。それを、金髪の青年は可笑しそうに見つめる。

「自分も大変な目にあったってのに、すぐに他人の心配とは、変わったヤツだな」
「よく言われるけど……そうなのかなあ……」

 だって、名前はヒーローとして周りの困った人たちを助けるために動こうとしているだけだ。とはいえ、名前の力の及ばぬ範囲もあるので、できる限りのこととなってしまうが。

「とりあえず暫くは気をつけておけよ」
「え?」
「お前はあいつに顔を見られたし、覚えられただろうからな。無関係と言っても、向こうからしたらきっとそうは思えない」

 金髪の青年は真剣な目をして話す。先程と比べて声も低い。ぎゅうっと白いシーツを強く握りしめた。ゴクリと喉を鳴らす。その真摯さに、名前は飲み込まれかけた。

「お前も、狙われる可能性がある」

 何に、なんて愚問だろうか。脳裏に、風に揺れる白銀の髪と、殺意に光る刃が過ぎった。





「いいだろう。逃走中の柿本千種と城島犬の保護は私が責任を持つ。そして、苗字名前を裏社会に関わらせないようにしよう」

 薄暗い部屋の中、1人の少女と1人の壮年の男が向かい合っていた。窓から零れる光のみがこの部屋を灯し、少女はその年齢に合わぬ落ち着いた笑みをうかべていた。

「クフフ……物好きですねぇ……僕は全ての能力を取り上げられてしまいましてね。特異なこの娘の体を借りても…わずかな時間しかこちらにとどまることはできませんよ」
「……それでもかまわない。君にツナの霧の守護者になってもらいたい」

「六道骸」

 君には陽の下で笑っていて欲しい。ヒーローになるのだと、その夢を馬鹿みたいに掲げて、平和な世界に、甘ったれた世界に、祝福されて生きていて欲しい、と。
 彼は地の奥深くで、もう二度と目にすることの無い星にそう願った。

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