引き分けドロー | ナノ
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花は腐り落ちた  




「なんだ、こいつは」

 彼は端正な顔をひきつらせながら言う。綺麗に整った顔立ちが台無しだ。そんな彼に彼女はことりと首を傾げた。その言葉の意味を本当に理解できていない。小さな子供みたいなあどけない所作であった。

「何って、見て分からないかなあ?」

 むふふ、と名前は笑う。彼こと、宇髄天元はそんな彼女を見て、胡散臭げに目を細めた。聞きたくない。でも、少し気になる。そんな感情が垣間見えた。

「宇髄さんたちだよ!」

 えっへん!と名前は胸を張って言った。その言葉を聞いて、宇髄はもう一度手の中にあるものに視線を戻した。
 宇髄の手にあるのは1枚の紙。そこには、黒い固まりが4つ並んでいた。真ん中の塊は特に大きい。じゃがいもみたいなものに毛が生えており、右の側面に染みみたいなのが着いていた。他のじゃがいもにはもっと長い毛が伸びていたり、木の枝のようなものを生やしていたり、どう頑張ってみても人には見えない。人ではないなら鬼か。いや、こんな禍々しい生き物は鬼でも見た事がない。もはや地球外生命体だ。それらを、彼女は宇髄たちだとのたまったのだ。彼の額に青筋がピクリと浮きでた。

「おい、これをどう見たら俺たちになるんだ」
「え、わかんない?このおっきいのが宇髄さん!」
「この腐った芋はおれだったのか、そうか」
「いだだだだ!ちょっ、宇髄さん!痛いって!頭割れるって!」

 軽そうな頭を片手で掴む。少し力を入れてやれば、彼女はヒーヒーと叫び声を上げた。
 彼女は絵を描くのが好きだ。鬼を討伐するためにあちこち赴いた先では、思い出やら記念やらといって絵を描き始める。その場所でお世話になった人達や、美味しかったご飯、可愛がっていた野良の犬や猫、倒した鬼、共に戦った仲間たちがその対象だ。鮮やかな色を乗せた筆が真っ白な紙の上を走っていく。その横顔は酷く真剣で、熱の篭った眼差しをなぞるかのように、筆が踊る。まるでひとつの儀式のよう。そんな彼女に軽々しく声をかける存在はなかなかいない。宇髄でさえ先程まで一生懸命に何かを描きあげていた彼女に声をかけず、静かに見守っていたほどだ。
 しかし、1つ問題をあげるとするならば、彼女の絵は言葉では言い表せぬくらいに独創的であることだ。それも、その心に何かしらの疾患を抱えているのかと疑ってしまうほどである。本人は至って真面目に、本気で絵を描いているらしいのだが、その熱量は技術に伴わない。出来上がった絵は、見ている景色が同じものなのかと疑わしく思う世界ばかりだ。それを照れくさそうに見せてくるものだから、誰も何も言えない。コメントに困るのだ。そして、皆震えた声で尋ねるのだ。この絵はなんなのか、と。
 つまりは、簡潔に言うと彼女に絵心はない。要は下手くそである。

「上手くできていると思ったんだけどなあ」
「お前、本当に才能ねえよな。いや、ある意味あるのかもしれんが」
「えへへ」
「褒めてねえぞ」

 へらへらと笑う脳天気な顔。その口元に着いた青のインクを指で拭ってやれば、彼女はさらに顔を緩めた。ふわふわとしたほっぺたが、淡い薄紅色に染まっている。こうして裏表なく素直に感情を表現する彼女のことを宇髄は結構気に入っていた。

「須磨ちゃんたちにも見せてあげてね!」
「見せられるか、こんなもん」
「ひどっ!!あ、ちなみに、こっちが須磨ちゃんで、こっちの方がまきをちゃん、そっちは雛鶴ちゃんなので!」
「…………違いがわからねえ」
「ええーーー!?ほらほら、髪の毛とか違うでしょ!」
「髪の毛ってどれだ?じゃがいもに生えたこの毛の事か?それともじゃがいもに刺さっているこの枝のことか?」
「ジャガイモ!?なにそれ!!どっからどう見てもこれは髪の毛でしょ!!」
「どっからどう見ても分かんねえから聞いてんだよ」

 インクを拭っていたその手で文句を垂れるその唇をそのまま摘んでやった。むうっと尖った唇は弾力があって柔らかい。口に含めば、きっと甘くて美味しいのだろう。

「あ、司令だ」

 名前が手を差し出すと、そこに鴉が1羽留まる。カーカーと鳴く鴉に、名前はニコニコと笑いながら、その顎を撫でていた。宇髄はそっと彼女の口元から手を離す。もう、発つのだろう。

「派手に倒してこいよ」
「はーい!がんばりまーす!」

 くるりと。名前が背を向ける。すると、宇髄の目に「滅」の文字が写った。
 彼女も、彼も、鬼殺隊の一員である。鬼を狩るのが彼らの役目。鬼の驚異から人々を守るのが仕事だ。それが、どれだけの危険を伴うものなのか、柱である宇髄はきっと誰よりも理解している。

「名前」
「ん?」
「帰ったら、絵を教えてやる」
「絵を?宇髄さんが?」

 振り返った瞳はまるでどんぐりのように大きくなった。本当に不思議そうな表情だ。そんなに驚くことだろうか。心外だ。今目の前で呑気な顔を見せている彼女よりは間違いなく上手いと胸は張れる。

「俺がお前を派手に描いてやるよ」
「私を!?」
「おう」
「……ふへへ、宇髄さんの絵って絶対下手くそでしょ」
「なんだと。お前よりはマシだ」
「なにそれ!私の芸術は人より理解されにくいだけだからね!」
「へいへい。分かったから早く行って、ちゃんと戻ってこいよ」
 
 そういうと、彼女はふわりと花が咲いたように笑った。太陽に照らされ、風で優しく揺れる愛らしい花。彼女の笑顔は春風を呼び、宇髄の心をいつも掻き乱していく。それは春の陽だまりのように温かくて、ほんのりと甘いのだ。その感情の名を、宇髄は知らない。いや、心当たりはあるのだが、確信が持てていない。3人の嫁に対する感情と似ているようで、少し違う。優しい気持ちだけでなくて、じりじりと焦がれるような、苦い痛みをももたらす。そんな厄介なモノを宇髄は知らない。だが、いつか彼女が柔らかな春風と共にそれに名前をつけてくれる。宇髄はそんな期待をしているのだ。

「天元様、名前は?」
「ああ、新しい任務にいった」
「ええ!?折角お茶を用意したのに…」

 宇髄の3人の嫁たちは、お茶と菓子の乗ったお盆を手に残念そうに肩を落とす。彼女たちと名前は友人として、良い関係を築いている。絵を描く名前を3人で一緒に見守るのが、この頃よく見かける光景だ。

「ここに画材なんてもんあったか?」
「画材?天元様も絵を?」
「約束しちまったからな」

 目を瞑ると、彼女の笑顔が色鮮やかに瞼の裏に浮び上がる。この手に筆を握る時が楽しみだ。宇髄はふっと息を吐いて笑った。

 その数日後のことであった。彼女の鴉が音柱の屋敷にやってきたのは。その鳥から告げられた内容は、苗字名前の訃報だった。


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