×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


だって、君が神様と呼ぶから


 しょっぱい視界の中、白い髪がふわふわと揺れる。花の蜜を追う虫のように、名前は懸命にその後をついていった。ぐすぐすと鼻を鳴らせば、目の前からため息をつく音が聞こえる。

「いつまで泣いてんだ」
「な、泣いてないもん…!!」
「じゃあ、なんで顔が濡れてんだよ」
「それは、えっと、汗だもん!!」
「言い訳下手くそかよ」

 神様は立ち止まり、こちらを振り返る。綺麗な瞳には呆れの色を映していた。それに居心地の悪さを覚えて、名前はますます泣いてしまう。止めたいのに、なかなか止まらない。一度泣いてしまえば、暫くは涙腺が緩みっぱなしになる。まるで、壊れた蛇口のようだ。

「ほら、ちゃんと取り返してやったんだから、泣きやめよ」
「うっ、ぐす、ありがとう…」

 ガラス玉を手に乗せられる。涙を拭っていたせいか、受け取った手は湿っていた。それにより、ガラス玉も雨の降った空みたいに、水滴がついてしまう。それを見て、神様は眉間に皺を寄せて、なんとも言えないような顔を見せていた。
 困らせている。そう思って、 ガシガシと乱暴に目を擦る。泣く度に祖母からこんなに擦ったら目が腫れちゃうよ、と注意されていたが、神様に迷惑をかけるよりはもっとずっとマシだと思えたのだ。

「やめろ」

 しかし、それを止めたのは、神様だった。目を擦る手を掴み、そっとそこから離す。充血して赤くなった目が顕になる。痛々しいその光景に、神様はぐっと口をへの字に曲げた。

「不細工な顔してんな」

 まさかの不細工発言2回目である。名前も幼くも一応女である。不細工よりも可愛いと言われた方がやっぱり嬉しい年頃だ。ガーン、とショックを受ける彼女に、神様は睫毛を揺らして笑った。
 そして、ぷるぷると震える名前の頭に、そっと手を差し伸ばす。先程まで誰かに恐怖を与えていた手だ。名前はそれを難なく受け止めた。

「え」

 そして、その手はわしゃわしゃと名前の頭を撫で回した。その感触に、名前はぱちぱちと瞬きを繰り返す。その衝撃で睫毛に引っ付いていたしょっぱい雫が、ぽろりと落ちていった。それは、テストでいい点数をとった時だったり、母の手伝いをした時だったり、母からから与えられるものと少し似ていた。
 大雑把で乱暴な手つきは、名前の髪をボサボサに乱してしまう。でも、触れられたところからは熱が噴き出すような優しさを肌で感じとることが出来た。髪の毛1本1本をなぞるような、丁寧な指使いは少しぎこちない。その不器用な温もりは酷く心地よかった。

「さ、悟くん…!?」
「顔あげんなこっち見んな呪うぞ」
「え、えぇぇぇぇえ…!!」

 持ち上げようとした頭を勢いよく下げる。そのせいで、もっと頭を撫でてもらおうと強請っているような格好になってしまったが、今の名前にはそのことに気づく余裕なんてなかった。

「この前は泣いているお前に何も出来なかったからな。どうしたらいいんだって、その辺のやつに聞いたんだよ。そしたら、こうすると嬉しいって聞いたから。だから何だって話だけど、まあ、それだけだ」
「わ、私も嬉しいよ!!」
「なら早く泣きやめ。泣き止んだらすぐにやめるから」
「え!!」
「何残念そうにしてんだ」

 それなら、名前が泣き続けている限り、彼はずっとこの頭を撫でてくれるのだろうか、と。そんな思考に頭を持っていかれて、名前は胸がドキドキと忙しなくしてしまった。驚きやら戸惑いやらで涙はいつの間にか止まってしまっていたけれど、ちょっと狡いことを考えてしまった名前はそのことを黙っていた。もうちょっとだけ、神様の優しさに触れたいと思ってしまったのだ。

「悟くん」
「なんだよ」
「ありがとう。悟くんはやっぱり凄い神様なんだね」
「当たり前だろ」

 手の中のガラス玉をぎゅっとにぎりしめる。神様は名前が困っている時にいつも助けてくれる。綺麗で、かっこよくて、ヒーローみたいな、すごい神様なのだ。
 好きだなあ、と。綺麗な光景を見て感動するように、甘いものを食べて美味しいとほっぺたを抑えるように。そうなることが当然だと言わんばかりに、名前は自然とそう思った。
 だが、その感情に名前をつけるには、名前はまだ幼すぎたのだ。

「まあ、お前は弱っちいし?すぐ泣くし?騙されやすそうだし?バカそうだし?」
「すごいバカにしてくる!むきー!」
「だから、何かあったら俺が助けてやるよ」

 隙あらば顔をあげようと抵抗してくる子供から、何かを隠し通すように。その目から何かを遠ざけるように。彼女の頭を撫で回す手は先程よりも荒々しくなる。それを人は照れ隠しと言うのだろう。
 しかし、自分のことで精一杯な子供はそのことにきっと気づかない。傷つけぬようにと、恐る恐る触れてくる掌に込められた想いも。彼女が大事に持っているガラス玉みたいな瞳が、こちらを見下ろす熱の意味も。

「俺は、お前の神様だしな」

 信仰は人の目を覆う。その味は、きっと甘酸っぱいのだろう。





「あれが五条悟ですね。一目見ただけで分かりますよ。ここ最近の呪霊が年々力をつけてきているのは、きっと彼が生まれたからなんでしょうね。世界の均衡を壊した男。やはり目の前にすると身も竦みます」

「実に魅力的な金額ですよ、彼の首は。それは認めましょう。ですが、あれを敵に回すとなると話は別です。この世の中は金で回っています。しかし、それは命があってこそでしょう」
 
「ですが、五条悟が人である限りきっと弱点はあるはずだ。何せまだケツの青いガキだ。潰すなら発展途上の今に限るでしょう」

「ああ、恐れるように触れて。大事そうに抱えちゃって。いとおしむ様に目を伏せて。ここが弱点だと明言しているようなものだ」

「でも、私はこの瞬間をずっと待っていました。彼が、呪術師ではなく、ただ一人の人間として成り果てるのを」