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恋は信仰のまがいもの


 子供なんてのは単純だ。好きなものを好き、したいことをしたいようにする、嫌いなものは嫌い、したくないものには駄々を捏ねる。無邪気。それ故に残酷。だからこそ、大人たちは自分たちがその手から取り零してしまったものを懸命に握りしめる小さな命を尊ぶのだろう。
 
「名前ー、サッカーしようぜ」
「はーい!今行くよー!!」

 苗字名前も普通の子供だった。ランドセルの中にある宿題から目を逸らし、友達の誘いに乗って、公園に向かう。転がるボールを馬鹿みたいに追いかけて、たまに転げて、それでも立ち上がって。笑って、たまに泣いて、時折怒って。周囲の愛情を受け、すくすくと大きく育っていく途中の子供。ただそれだけだった。

「あー!ボール飛んでっちゃった!」
「何してんだよー名前!取ってこいよー!」
「分かってるー!ちょっとまっててー!」

 蹴ったサッカーボールが公園の敷地を飛び出してコロコロと外に転がる。名前は慌ててそれを追いかけた。道に飛び出すなと母から強く言われていたので、きちんと右左右を見て、車が来ていないことを確認してから、公園を出る。黒と白の入り乱れたボールの所へ行こうとすると、名前が手を伸ばす前に、それは拾い上げられた。目をぱちくりと瞬かせる。

「これ、お前の?」

 差し出されたボール。名前はそれを飛び越えた先に目を奪われてしまった。
 降り積もったばかりの新雪のように、真っ白な髪。それが、春の陽光を沢山集めて、キラキラと光る軌跡を作りながらも風に揺られていた。陶器のように白い肌には、目や鼻、口などがまるで手本のように、適切な場所に並べられている。神様が自ら手懸けたと言っても過言ではないほどに、その顔立ちは酷く整っていたのだ。
 その中でも、名前の目を特に惹いたのは、真っ白な長い睫毛に縁取られた大きな瞳だった。それは、不思議な色をしていた。テレビで見た綺麗な海か、虹の架かった澄み渡る空か。まだ幼い名前の世界にはない色。チカチカと光る色素の薄いそれに、目を見開く。眩しいのに目は痛くない。不思議だ。だって、眩しい太陽を見ようとする時、目を開けていられないのに。瞬きさえも惜しく感じた。
 とても、綺麗だ。陳腐だけど、簡素だけど、その一言に尽きた。それだけの言葉できっと十分だった。

「おい?」

 ボールを無視して、グッと顔を近づけさせてきた名前に、綺麗な男は心底嫌そうな顔をしてみせる。恐らく名前とあまり年は変わらぬ子供だろう。着ている服はあまり見なれぬ和服であった。だからなのか、彼がまるで異世界の住人のように見えて仕方がなかったのだ。

「君、綺麗!!」
「は?」
「髪、白い!!」
「そうだけど」
「目、すごい!!」
「ドーモ」
「顔、お人形さん!!」
「それ、褒めてんの?」
「褒めてる!!」
「あっそ。なあ、ボール」
「このあと時間ある!?」
「話聞けよ」

 綺麗な男は酷く面倒くさそうな顔をしていた。厄介なものに絡まれたと言わんばかりに、その端正な顔立ちを歪める。それでも、彼の美しさは変わらなかった。名前は単純にすごいと感心してしまう。彼は、名前が見てきた中で一等に綺麗だったのだ。テレビで流れる絶景よりも、家族と見に行った秋桜畑よりも、雨のように花弁が降り落ちる桜並木よりも。きっと、世界で、一番。

「一緒にサッカーしようよ!」
「なんでだよ」
「私、君と友達になりたい!!」

 それは、あまりにも真っ直ぐすぎる要望だった。下心も、邪心も、疑心も、何も無い。素っ裸の心のままの言葉。
 それに、彼の宝石が大きくなる。そして、まじまじと名前の顔を見つめ、心底不思議そうな顔をして見せた。なぜそのような表情をするのだろう。名前は首を傾げる。

「私、苗字名前!君は?」

 名前はわくわくとして、返ってくる言葉を待つ。世の中の綺麗な部分しか見たことがありませんと言わんばかりの、あまりにも子供らしい笑顔に、彼は何も言えず口を噤んでしまう。名前の知らぬ世界を詰め込んだ瞳が、ようやく名前という存在をしっかりと映した瞬間だった。

「やだね」
「え!?」

 ポイッと投げ渡されたボールを慌てて受け取る。その間に、少年の姿はその場から消えてしまっていた。まるで、夢でも見ていたかのような気分だ。幽霊か、天使か、悪魔か、あるいは神様だったのだろうかと。名前はただ呆然とボールを眺めた。
 神様って存在すると思いますか。その問いに、皆はどう答えるのだろう。でも、この日、名前は初めて神様に出会ってしまったのだ。きっと彼以上に綺麗なものはない。不思議とそう信じられた。世界の果てを映す青い瞳に、ただひたすらに信仰心を抱いたのだ。
 それを、人はきっと恋と呼ぶ。