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スプーンで救いあげる



※夢主がぽっちゃり設定です。


 人は何気ないものに傷つき、そして何気ないものに簡単に救われたりするものだ。

 任務に向かう前、あるいは向かった後、お昼に良く寄る定食屋。五条の目的はここの定食よりもデザートの白玉抹茶パフェである。それを横から眺める夏油は、「ご飯も食べなよ」と飽きもせず同じ小言を垂れる。お前は母ちゃんかよ。そう返せば、彼の纏う空気が刺々しいものに変わる。硝子は我関せずと様子で、ご飯を食べ進めていた。最悪な空間での食事である。
 そんな五条達の座るテーブルの横には、恐らく休憩中であろうOLたちがご飯を食べていた。五条を見て、カッコイイだとキャッキャと小鳥のように騒いでいる。

「騙されてるな」
「見る目ない」
「こんなナイスガイを目の前にして何言ってんだ」
「見た目だけだよね」
「付き合ったら直ぐに別れるくせよく言うよ」
「何それモテない僻み?」

 容赦のない言葉の刃に、五条は舌を出して肩を竦める。ついでに横のテーブルに笑顔を作って、手を振っておいた。キャーだって。ちやほやとされるのは、気分が悪くない。硝子からは調子乗んなと吐き捨てられた。

「ね、ね、名前もあの人かっこいいと思わない?」
「もぐもぐ」
「聞いてる!?」
「あ、ごめん。トンカツが美味しくて話聞いてなかったや」
「名前ってば、色気よりも食い気なんだから!」

 その中でもたった1人だけ、五条を見ずにもくもくととんかつ定食を口に運ぶ女がいた。一緒に座っているOL達よりも一回り体のサイズが大きい。確かに食い気しかなさそうな女である。そんな女にキャーキャー言われてもな、と白玉を掬う。

「あの白い人だよ!かっこよくない?」
「このドレッシングうまあ」
「聞け!そして見ろ!」
「怒んないでよ〜。分かった分かった、見るから見るから」

 何2回言ってんだ。さぞ面倒くさそうな言い方しやがって。少しイラッとしていると、夏油はクスクスと楽しげに笑っていた。この男の顔の方が無性に腹が立った。

「わたがし」
「ん?」
「え?」

 隣のテーブルと同じように、思わず此方も素っ頓狂な声を上げてしまった。ちらっと横を見ると、その女はもう五条から目を離し、何故かメニューの方に視線を向けていた。マイペースすぎる。

「わたがしみたいで美味しそうじゃない?」
「ブフっ!!」

 目の前から吹き出す音が聞こえる。プルプルと震える2つの肩を睨みあげた。
 わたがし。夏祭りの屋台などでよく見かける、白くてふわふわとした甘い物体である。ピキ、と五条の額に青筋が浮かぶ。
 自慢じゃないが、五条は人よりも見目は整っているほうだ。街を歩けば、逆ナンされることも多々あり、なるほど、自分の見た目は人を惹きつけるのかと自覚したのは、そりゃあ可愛くない餓鬼の年頃だった。見た目に特にこだわりはないが、普通よりも体型がひとまわりでかい女からわたがしという大変不名誉な評価を貰うのは非常に解せない。
 
「やっぱり食い気だったかー」
「私の唐揚げあげるね、名前」
「ありがとう。お礼にトマトあげる」
「それ苦手なもの押し付けただけでしょ」

 そんな五条の心情などつゆ知らず、隣のテーブルは相変わらず賑やかな談笑で溢れていた。わたがし、と小さく呟いて、口元をにやけさせている夏油の足にはテーブルの下で蹴りを入れておいた。

「ねえ、デザート食べたい」
「よく食べるねえ。何にするの?」
「白玉抹茶パフェ」

 この女、五条よりも五条の食べていたパフェの方がお好みだったらしい。確かに色気よりも食い気である。再度目の前から噴き出す音が2つ聞こえた。





 去っていく親友の背中。それを、引き止めることも、その行く手を阻むこともできず、五条はただ見送った。自分が救えるのは、他人に救われる準備がある奴だけだ。そのことを、酷く痛感した。五条悟だから最強なのか、最強だから五条悟なのか。そんなもの此方が聞きたいくらいだった。

 その日、何もする気が起きず、いつもの定食屋に寄った。頼むのは白玉抹茶パフェ。最近は食欲がなく、こうして甘いものばかりを口にしている。「ご飯も食べなよ」と、しつこい小言が今じゃ酷く懐かしく感じた。
 白玉を掬い、口に入れる。代わり映えのしない作業をただ繰り返し、ぼんやりと小さくなっていく背中を何度も思い出していた。

「うっっっま!!」

 それは正しく人の感傷を邪魔するような、空気を読まない一声であった。しかし、何処か聞き覚えがある。ついでに何故か苛立ちも募る。
 五条が声の発信源である隣を見遣れば、机の上に乗せられた揚げ物のフルコースに度肝を抜かれ、それをすごいスピードで食していく女にも再度驚かされた。さくさくと音を立てて、からあげ、とんかつ、鯵フライなどがどんどんと姿を消していく。その姿は某ピンクボールのキャラクターのようであった。こんな真昼間からよく食べられるな、と見ていて胃もたれを起こす勢いの食欲に多少引く。だが、見ていて不快ではなかった。寧ろ、気持ちの良い食いっぷりだ。
 そして、そこでようやく思い出す。隣のテーブルに座るピンクボールが、己をわたがしと評したOLであるということに。確か、名前は名前と言っていただろうか。どうやら今日は1人らしく、周りに同僚はいないようであった。大きな机を1人で広々と使っている。

「美味しい〜!!」

 だろうな。声を聞かずとも顔を見ればわかる。幸せそうな顔をして、バクバクと食べている。手に持った茶碗には、白米がこんもりと乗っかっていた。育ち盛りの男子高校生よりもよく食う量だ。恐れ入る。
 しかし、五条はなんだかんだで自然と、ご飯をもくもくと食べる隣の彼女に目を奪われていた。ぷっくりと膨らんだ頬は何処か愛嬌があり、控えめに塗られたグロスが揚げ物の油により更に艶を増している。大きな口を開いて、サク、と響かせる小気味のいい音は心地よかった。柔らかく細められた目は次はどれを食べようかと、ワクワクと光っている。箸使いは随分と綺麗だ。それを見つけると、茶碗を持つ手がしっかりしているだとか、米1粒残さず食べる姿は酷く好感が持てるなとか、新しい発見を見出していく。純粋に育ちがいいな、と思った。きっと良識のある両親にしっかりと愛されて育ったのだろう。少し、羨ましいとも思った。

「んむ?」
「あ」

 あんまりにも凝視しすぎていたのだろう。女は五条の視線に気づいたらしい。大きく口を開いたまま、固まっている。ぱちぱちと瞬きを繰り返すその目も案外大きくて丸い。
 しばしの沈黙。不思議と悪い気はしなかった。あの時の彼女は全くと言っていいほど五条に目もくれなかったから。

「……食べる?」
「は?」

 そして、何を勘違いしたのか、彼女は取り皿にせっせと唐揚げやらトンカツやら、トマトやらを乗せると、それを五条に渡してきた。トマトの割合が異様に多い。そういえば、トマトが苦手って言ってたな、と無駄にいい記憶力がその答えを弾き出した。

「ほい。育ち盛りなんだから、甘いもんばっかじゃなくて、ご飯も食べなよ」

 その響きが妙に胸を打ったのは、懐かしさに心が麻痺していたからだ。くそったれ、と。内心そう吐き捨てた。
 だが、そんな心の内とは裏腹に体は勝手に動いていた。差し出された皿を何も言わず受け取る。食べ物を全く受け付けなかった胃が、ぐう、と間の抜けた音を鳴らした。お腹が空いた。人だもの。当たり前の欲求だ。それを今更のように思い出した。
 五条はその欲に従い、皿の上に乗った唐揚げを口にした。サクサクとした衣を噛むと、肉汁がジュワッと溢れた。ニンニクの程よい香りが鼻を抜ける。

「美味しい」

 そう素直に口から零れた。至極当然のことに、何故か世紀末の大発見をしたかのような錯覚を覚える。それほどの衝撃だった。

「でしょー!ついつい食べすぎちゃう!美味しいよね!」

 いや、その量は食べ過ぎの量を超えているが。そのツッコミを飲み込んだのは、彼女の笑顔が思ったよりも可愛らしかったからかもしれない。持ち上がった頬は大福のようにふくふくとしていて、ほんのりと染った薄紅はイチゴのようだった。美味しそう、と別の欲が腹を鳴らす。

「おかわり」
「えっ!はやっ!」
「育ち盛り舐めんな」
「自分で頼みなよ、もう」

 そう言いながらも、彼女は五条の皿にまたご飯を乗せていく。随分と人が良い。根っこが善人なのだろう。
 またパクパクと食べていく。これにはそのソースをかけると美味いよ、と時折楽しげに話しながら。中身は色気の一欠片も無いものだったけれど、五条は不思議と心が軽くなっていくのを感じた。
 口を開ける。噛む。飲み込む。舌を舐める。幸せそうに笑う彼女が、この世の不条理も、不幸も、絶望も知らないような顔をして食べている。五条の心に残るしこりも、肩に押しかかる重圧も、どうしようもない現実も。米粒ひとつさえ残さず、ペロリと食べてしまう。そんな彼女に救われたなんて、口が裂けても言えなかった。

「ご馳走様でしたー!お腹いっぱい!沢山食べたー!」
「沢山どころじゃねえだろ」
「え、少ないかな」
「逆だわ。ホントに気持ちよく食べるな、お前」
「よく言われるよ」

 すると、彼女は時計を確認してゴソゴソとカバンを持ち始める。休憩時間もそろそろ終わる頃らしい。五条は彼女の机の上にあった伝票を攫い、さっさと会計に持っていく。すると、すぐさま後ろからドタバタと慌てて追いかけてくる足音が聞こえた。

「え、ちょっと!何してんの!」
「奢る」
「いや、私がほとんど食べてたし。しかも年下に奢ってもらうのは流石に…」
「お前より稼ぎはいいよ」
「えっっっ?」

 戸惑うばかりの女の前で万札をポイッと1枚だす。そんな簡単に!と背後からうるさい嘆きが聞こえたが、うるせえと一喝したら、静かになった。よしよし、素直さが1番である。

「学生に…しかも年下に…」

 店を出るとまたブツブツと彼女は頭を抱え始める。ゴソゴソと財布を取り出そうとするのを見て、ため息をついた。奢らせ甲斐のない女である。全くもって可愛くない。

「いいんだよ、お礼ってことで」
「お礼?何が?」
「うっせ。財布じゃなくて携帯出せ」
「え?何故?」

 首を傾げながらも言われた通りに携帯を出すところに、彼女の素直な性格が透けて見える。その携帯を奪い、もう片方の手には自分の携帯を握る。両手で器用にカチカチと弄りながら、用が終えればそれをさっさと返した。彼女は未だキョトンとした顔を見せている。ちょっとは警戒心を持った方がいいのではなかろうかと、少し心配になった。

「電話帳に俺のケー番登録してっから。五条悟、俺の名前な」
「あ、まじだ。しかも語尾にハートマークもついてる」
「また時間がある時に連絡するわ。そんときはまた奢ってやるよ」
「何で!?急展開過ぎてついていけないんだけど!!」
「はあ?鈍いなお前。めんどくせ」
「なんで私が責められてんの」

 頭上に疑問符を浮かべる彼女に舌を打った。そして、ふくふくと育った頬を鷲掴み、グッと顔を近づかせる。ぎょっと大きく見開いた瞳に、五条の姿が濃く映った。

「お前とまた飯が食いたいってこと」

 どうだ、わかったか。そう言って、手を離す。すると、彼女の目は何度も瞬きをしていた。間抜けた顔だ。ふんと鼻で笑ってやる。

「びっくりした。君、まつ毛まで白いんだね。目も海みたいに綺麗だよ、ご、ご、ご?なんとかくん」
「五条な。なんだ?見惚れたか?」
「うん。しらすみたい」

 しらす。その単語が脳にダイレクトアタックを決める。たった一つの単語なのに、その意味を受け止めて処理をするのに、なかなかの時間がかかった。いつまでも情報が完結しない。正にセルフ無量空処である。

「くっ、アハハハハ!!」
「え?なんで笑うの?」
「わたがしの次ははしらすかよ!イカれてんだろ!」
「イカレ?すごい貶されてない?」

 げらげらと笑う五条を脇目に、名前は腕時計を見て、慌て出す。そろそろ仕事を再開するらしい。社会人もなかなか大変なようだ。

「今日はありがとう、五条くん。もし機会があれば、次は甘味処行こうよ。甘いの、好きなんでしょ。次は私が奢るからさ」
「え?」
「そろそろ仕事が始まるから!じゃあね!」

 何故甘いものが好きなことを知っているのか。その問いは聞き届けられることなく、名前はせっせと食べたばかりの体を動かして、その場から離れていってしまった。大きい図体をしているくせして、案外動きはすばしっこいらしい。思わずまた笑ってしまった。
 
「こんなとこで何ひとりで笑ってんの。とうとう頭狂った?」
「あ、硝子」

 気づけば、いつの間にか背後にいた硝子に声をかけられた。タバコの苦い香りがする。恐らく喫煙所にいたのだろう。1人で笑う五条を見て、うわあと引いた顔を正直に見せていた。

「あれ。顔色良くなってんじゃん」
「ちょっとな。色々と食ってくれる奴がいたおかげで」
「何それ。でもよかったね。立ち直れて」
「……まあな」

 電話帳に登録した新しい名前を見て、ふっと口元を緩める。そして、それを閉じると、うーんと長い体を伸ばした。
 さて、次は何を食べようか。甘い味を舌で想像して、美味しい、美味しいとこの世の幸福をかき集めて笑う彼女の姿を思い描いては、不思議と心が踊った。




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