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死なないお前の殺し方



 荼毘は、これが夢だとすぐに気づいた。

 荼毘の体の下に、小さくて弱い生き物がいた。彼女は無防備に荼毘を見上げて、きょとりと首を傾げている。そして、押し倒している男に向けて、柔らかく微笑みかけてきた。
 柔らかな感触。傷1つない白い肌。散らばる艶のある髪。荼毘を見つめる穢れのない真っ直ぐとした瞳。瞬きする度に影を落とす長いまつ毛。小さな桃色の唇が形作る。"荼毘先輩"と。

 ああ、鬱陶しい。
 
 気づけば、彼女の首を絞めていた。ギリギリと力を込める。このまま力を込めてしまえば、彼女の細い首は折れてしまうのだろう。彼女の命がこの手の中にある。それが愉快だった。
 彼女の瞳は驚愕と恐怖に大きく見開かれ、そこからボロボロと宝石のような雫を落としていく。何かを叫んでいるみたいだが、首を絞められていて音にならないらしい。声なき叫びがどんな意味を成しているのか、荼毘は理解できなかった。桜貝のような柔い爪で首に巻き付く荼毘の手の甲に甘い傷を残す。弱い彼女が唯一できる抵抗がそれだけなのだ。可哀想な生き物。救われない、不運な生命体。
 首を絞める手に青い炎を灯す。締め上げられている喉が弱々しく跳ねる。じりじりと彼女は燃えていく。皮膚を焦がし、肉を焦がし、喉を焦がし、骨を焦がす。涙さえも荼毘の炎で蒸発して消えていく。潤んだ瞳が光を失い、乾いていく。桃色に色づいていた唇は色をなくしていく。荼毘の手を引っ掻いていた手は、ただそこに添えるだけとなる。死の音がこくこくと近づいていき、荼毘は口元に笑みを浮かべた。

 死んでしまえ。早く。殺せ。早く。早く。死ね。早く死んでくれ。この手で、息絶えろ!!

 何かに駆られるかのように。あるいは何かに恐れるかのように。荼毘は焦燥を滲ませながら、夢中になって、その首を絞めて燃やした。
 生気のない目が、どうして、と訴える。脳天気な彼女らしかった。それらしい抵抗もできず、ただ与えられる死を享受するしかない彼女が最後に抱く感情。なんて悲しいのだろうか。

「さあな、知らねえよ」
 
 ぽつり、と。彼女の頬に赤い雫が落ちる。荼毘の頬にある継ぎ接ぎの切れ目から零れ落ちたもの。それはぽつぽつと白い肌に赤い点を浮かび上がらせ、麿い肌に沿って流れていく。まるで、泣いているみたいだ。

 はて、誰が?

 はく、はく、と震えた唇が動く。彼女は何かを話している。それは、音にならない。荼毘に届かない。それを惜しく思う自分が1ミリでもいるのが許せなかった。
 ぎゅうっと首を締め上げる。力を強める。炎の火力を上げる。

「ーーーー」

 視界が青に染る。轟々と燃える炎で埋もれていく。炎に包まれ、全てが灰になる。彼女の体も、心も、荼毘への情も、荼毘を掻き立てる衝動も、どうしようも無い執着も、ほんの少しの甘さを含んだ心の柔らかな部分も、泣きたくなるような欲も。
 燃やして、燃やして、燃やして。消してしまった。

「ふ、ふふふふふふっ!あはははははははっ!!!!」

 ざまあみろ。荼毘は腹を抱えて笑った。





「荼毘先輩ー」

 気の抜けるような呑気な声が荼毘の名を呼ぶ。目を開けば、こちらを心配そうに見下ろす名前の顔が視界に映った。覚醒した荼毘と目が合うと、彼女はぱっと喜色を浮かばせる。その素直さが憎かった。

「魘されてたよ。大丈夫?」
「……ああ」

 彼女の白い手が荼毘の額に触れる。いつのまにか汗が滲んでいた。名前の手の甲がそれを拭う。その冷たい感触に、荼毘は思わず目を細めた。

「嫌な夢だった?」

 こてり、と。首を横に倒しながら、何も知らぬ名前は尋ねてくる。
 そんな彼女に手を伸ばす。恐る恐ると伸ばされた指先は、彼女の首をつうっとなぞった。彼女はそれを拒否することなく、当たり前のように享受する。擽ったいよ、とクスクスと笑う。警戒心の薄さは折り紙付きだ。スピナー辺りが文句を垂れそうである。

「いや、いい夢だったよ」
「え、そうなの?起こしちゃってごめん!!」

 首に巻く赤い火傷のあと。痛々しく残るそれを見つめながら、荼毘はため息をつく。

 なあ、お前ってどうやったら死ぬんだ。

 その問いに、彼女は一瞬息を詰まらせると、その後すぐに困ったような笑みを浮かべた。



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