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恋と信仰は何処か似ている



中学一年生の春。赤司征十郎は神様に出会った。

 桜がヒラヒラと舞い落ちる季節。ピカピカの新入生を迎えたここ帝光中学校は何処か浮き足立っていた。まだ着慣れぬ制服を身にまとい、期待と不安を胸に抱いて歩いているのが赤司と同じような新入生なのだろう。そんな彼らを積極的に声掛けを行っているのは、部活動に勧誘している2年生、3年生の先輩たちだ。ニコニコと悪意のない笑顔を浮かべているが、戸惑っている1年生を無理やり引き止めている輩も見受けられる。1歩間違えれば質の悪いキャッチセールスだ。赤司はそれらを視線で流しながら、人混みの中を掻き分けるように歩いていった。彼の行く先は一つだけ。もう既に決まっている。皺ひとつない入部届を握りしめた。

 その時であった。

 何処からか、ドラムの叩く音が聞こえてきたのは。その音にキーボードとベースの音までも付随して混ざりあう。それぞれの音は重なりあって、ひとつの旋律として産声を上げていた。
 赤司だけでなく、周囲も足を止めて、当たりをキョロキョロと見渡している。それほどこの音はここの校舎内で大きく鳴り響いていた。

「こんにちは!軽音楽部でーす!」

 そんな呑気な声が頭上から降ってくる。すると、誰かが上を見ろ、と指をさす。その指の先は校舎の屋上。大きなスピーカーをどんと構え、楽器を踊らせている数人の生徒がそこにいた。その中央に、ギターのストラップを肩にまわし、スタンドマイクを手に取った1人の女子生徒が目立つように立っていた。
 彼女は特に目をひくような外見をしているわけではなかった。しかし、どうも目が離せない。そんな魅力を持った不思議な人物であった。それは、あまりにも幸せそうにニコニコと笑っているからかもしれない。

「私たちの歌を是非聞いてくださーい!!」
 
 そんな高らかな宣言が落とされる。そして、彼女は手に持っていたギターに指を滑らせた。流れる音楽にギターの音も追加される。肌を刺すような刺激的な音。圧倒されるくらいに激しい曲調。これは、恐らくロックなのだろう。
 突然始まったゲリラライブに、周囲はヒュー!と音を鳴らし、場を盛り上げ始めた。ゲリラライブも珍しいことではないらしい。新入生以外の生徒はまたかという顔をして慣れた様子を見せていた。 音に合わせた手拍子も随分と親しみを感じられる。
 前奏でここまで人の視線をかきあつめ、そしてそれをひとつにまとめるなんて、なかなか出来る芸当ではない。赤司でさえもいつもならばくだらないと目を逸らし、目的地までの足を進めるはずなのに、今の彼はそれが出来そうになかった。彼女たちの作るステージを見てみたいと思ってしまったのだ。
 スポットライトは太陽のみ、屋上という名の大きなライブステージ、観客はこの学校の生徒たち。皆が同じ顔して、同じところを見ている。まるで神様に拝む信者のよう。となれば、その視線を浴びて恍惚とした微笑みを見せる彼女は神様だろうか。
 焦らすような前奏の中、突如彼女の顔から笑みが消える。真っ直ぐとした眼光でこちらを見下ろし、すうっと息を吸った。
 来る。直感でそう思った。
 流れる旋律に乗って耳を刺激したのは、先程まで喋っていた脳天気な声とは別物で。いや、同じものなのだろうが、違って聞こえたが正しいのだろう。魂がこもった、芯のある綺麗な声をしていた。訴えかけてくるように、胸の奥底に溜まった想いをぶちまけるように、彼女は歌う。この喉が潰れても構わない。この身が引き裂かれてもいい。ただ、今この歌を誰か聞いてくれ。あまりにも自分勝手で自由奔放、その癖して誠実な色を時折見せてくるのだから、たまったもんじゃない。
 歌とは言い難い、まるで告白みたいだ。何よりも、誰よりも、歌を愛しているのだと。そんな熱のこもった歌は、赤司の心をあまりにも大きく揺さぶった。
 馬鹿みたいに赤司は頭上を見上げる。赤司も神様に頭を垂れる信者の一員になったかのような気分に陥った。気に食わない。そう思うのに、どこか仕方ないと腑に落ちる部分があるのも事実だった。彼女は流れる汗も風に舞うスカートも気にすることなく、ギターをかき鳴らし、喉を大きく震わせている。その姿はあまりにも美しかった。世界で一番輝いて見えた。綺麗なものを綺麗と思うことになんの罪があろうか。目も、身体中の神経も、心も、彼女に奪われていた。
 ゾクゾクと背筋に何かが走る。鳥肌が止まらず、思わず唾を飲み込んだ。息をするのも忘れそう。体が沸騰したように熱い。何か叫びたいような、泣きたいような、体を丸まらせて閉じこもってしまいたいような、そんな矛盾した衝動が身体中を駆け巡る。
 これを人はなんと呼ぶのだろう。ああ、お母さん、お父さん、神様、どうか教えてくれないでしょうか。

「聞いてくれてありがとー!興味のある人はぜひ軽音楽部に来てねーん!!」

 ハッと我に返る。気づけば演奏は終わっていた。永遠とも思えるような刹那の時間が、知らぬ間に終わりを迎えていた。辺りからはパチパチと拍手が鳴り響いている。その音によって、赤司は夢見心地な世界から現実に徐々に戻ってきた。まるで白昼夢でも見ていたかのようだ。喉が渇いて仕方なかった。

「ええー?アンコール?どうしよっかなあ」

 アンコール!アンコール!周りの囃し立てる声に、彼女は楽しげに笑っていた。歌っていた時とはまた違う、フワフワとした柔らかな甘い声をしていた。

「こらー!また軽音楽部か!何をしている!」
「げっ!!」

 すると、屋上の扉がバーンと開いた。そこからは教師が数人出てきて、彼女は心底嫌そうな顔をして見せた。そして、反省文やら1週間校内掃除やらいつ屋上の鍵を勝手に持ち出したのかやらそんな説教と、彼女の頓珍漢な言い訳を最後にマイクの電源は落とされた。
 それを聞いた周りはどっと笑い、それも落ち着くとゲリラライブが始まる前の光景にあっさりと戻って行った。横を通り過ぎる女子生徒の集団は「軽音楽部いってみる?」と言いながらドタバタと駆けていく。その流れを見てまずいと思ったのか、卓球部の先輩は赤司に一生懸命声をかけてくるが、彼はずっと屋上を見上げていた。
 バックは雲ひとつないコバルトブルーの空。鼻を掠めるのは桜の甘い香り。柔らかな風が頬を撫でていく。最高のステージだった。赤司は自身の胸に手を置いた。どくどくと生きている証を感じた。いつもよりも生き急いでいるみたいで、このままでは死んでしまうかもしれないと不安を覚えた。でも、あの歌を聞きながら死ぬのもいいかもしれないという考えが過ぎったので、これはますます末期かもしれない。
 何かに取り憑かれたかのような、悪魔にでも魂を売ったかのような、ぼんやりとした赤司を見て、声をかけていた卓球部員も「あ、こいつなんかヤバいやつかも」と判断したのだろう。あんなに懸命に声をかけてくれていたというのに、その身の引きようはあまりにもあっさりとしすぎていた。事実、数年後には他人にハサミを向けるはしゃぎようを見せるのだから、彼の判断はあながち間違いでは無いだろう。しかし、赤司からしたらそんな腰抜けのことなんてどうだってよかった。
 また彼女に会いたい。彼女の笑顔を見たい。彼女の歌を聞きたい。そんな些細な望みが胸の中で生まれ、しかし赤司はそれを見ぬ振りをした。なんだか直視するには贅沢すぎる感情な気がしたのだ。きっと赤司の手には有り余る。そんな予感がして、赤司はすうっとゆっくりと息を吸った。新しい季節を迎える期待と不安の香りを胸いっぱいに蓄える。ぼんやりとしていた頭も幾分かスッキリとした気がした。

「行くか」

 赤司はいつの間にか握りしめすぎて皺の出来てしまっていた入部届を持って、男子バスケットボール部のところへと足を動かして行った。
 それなのに何故だろう。彼女の歌が頭から全く離れてくれやしないのだ。




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