馬鹿と電話
こいつ、馬鹿だなあって度々思う。
「フロイドくんって、束縛嫌いなんでしょー?毎日しつこくイタ電してやろ」
なんてニヤニヤと彼女は笑う。それに勝手にすればー?と軽く流せば、不服ですと言わんばかりに頬を膨らまされた。否定しなかったのになんで不機嫌になるのだろう。変なやつだ。
それから毎日電話がかかってきた。朝早い時、お風呂に入ってる時、モストロ・ラウンジの仕事で忙しかった時、アズールに叱られた時、ジェイドのキノコから逃げてる時。どんな時でも電話はかかってきて、「フロイドくーん」と神経を逆撫でするような声で話しかけてくる。それに俺は「もしもーし」と気分よく出ることもあれば、「うざい」と一言だけ残して電話を切る事もあった。それでもずっと電話をかけてくる。「よくもまあ飽きませんね」とアズールは肩を竦め、「おやおや、随分と熱烈ですね」とジェイドは楽しげに笑っていた。
それでもこの世界が滞りなく回るように、今日も彼女から電話がかかってくる。随分と律儀だ。もの好きとも言う。
「ねえ、ねえ、フロイドくん、嫌になった?」
楽しげな声が電話の向こう側から聞こえる。俺の嫌な反応を心待ちにしているのだろう。わくわくと弾んだ声が心地よかった。
「何が?」
「電話!しつこいでしょ!ウザイでしょ!」
「しつこくてうざいけど嫌にはなってねえし」
「はあ?なんで!?」
「だって、声、毎日聞けるじゃん」
だから、どんな時でも電話に出ていたと言うのに。それに全く気づかないなんて、やっぱりこいつは馬鹿だ。
その瞬間返ってきたのは沈黙で、その後すぐに電話は切られた。あちらから電話を切られたのは初めてかもしれない。あは、負けてんじゃん。ウケる。俺がくつくつと笑っていると、通りすがりのタコちゃんが奇妙なものを見るような目をこちらに向けて、そそくさと立ち去っていった。慈悲の欠けらも無い対応である。
彼女はきっと知らないのだ。俺が普段持ち歩かないスマホを手に持つようになったこと、夜寝る前にしっかりと充電するようになったこと、パルクールする時はスマホを落とさないようにストラップをつけていること。その理由を彼女は知らないだろうし、考えたこともないだろう。
「明日は俺から電話かけてみよーっと」
彼女がどんな反応をしてみせるのか楽しみだ。