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酒気を帯びたきっかけ


どうも苗字名前はついていない人間らしい。

過去に事故にあった回数3桁超え。引ったくりや強盗などから物や財布を盗まれた回数も同等。切り裂き魔や集団自殺に巻き込まれかけたり、連続殺人犯に家を押しかけられたり、殺されかけた回数もそろそろこの3桁に突入する1歩手前。
病院に行くと、「またお前か」と顔をされるのも過去のこと。今じゃ専属の先生ができ、「次は何があったんです?」と呆れられながらも、慣れたようにボロボロの名前の怪我を治療してくれる。
友人や親戚からはお祓いに行こうと言われ、寺に連れていかれたり、怪しい宗教団体に連れていかれたりしたこともある。その帰り道に事故にあったり、変な儀式の時に警察が押しかけてきたり、色々あってなんだかんだ効き目はなかった。
いつも包帯を巻いていたり、ガーゼで覆われていたり、生傷が耐えない生活。かと言って、名前は自身を不幸とは思ったことは無い。

まず、名前には愛すべき家族がいる。名前の不運っぷりを見ても、「また酷い目にあったねえ」とのんびりと笑って、名前を抱きしめてくれる。

「名前、いいかい。自分の不運を嘆くんじゃないよ。悪い事があったあとには、必ずいいことがあるんだ。だから、笑いなさい。笑って、不運を弾き飛ばして、幸運を受け入れるんだよ。」

これは、母の言葉だ。この言葉を受けて、名前は泣いてばかりの生活から、ニコニコと笑う生活に変えた。
この温かな家族がいるからこそ、名前は様々な形となって襲いくる不運に挫けることなく、前向きに、いや、前向きすぎるほどにこれまでの人生を生きてこれた。
自身の家族こそが、名前の何よりも1番の幸運であると思えるのだ。

2つ目に、名前は母の言葉通り、なんだかんだで運がいいことがあった。度重なる怪我により何度も入院したおかげでお金が足りなくなった時、名前は親が買ってきたスクラッチの宝くじを削り、大金が当たった。風邪で寝込んで行けなかった修学旅行では、台風が来て延期になったので後日無事に行くことが出来た。学校での席替えでは、常に居眠りに最適な一番後ろの窓側の席だった。寝坊して遅刻した企業の面接ではもちろん落ちたが、次の年その企業は敵との繋がりがあったらしく呆気なく倒産した。
この絶妙にいい運は、周囲を困惑させた。曰く、「運がいいのか悪いのか分からない」とのこと。そりゃあ名前自身もそうである。
しかし、多くの不運に見舞われながらも名前は五体満足で生きている。これだけでも充分すぎる奇跡だ。名前はこれを幸運だと思っている。

周囲から引かれる程の不可思議な運を持つ名前ではあるが、実は今人生で初めて心がポッキリと折れている状態である。

「名前ちゃんは何があってもいつだって笑っていたじゃないか。今日はどうしたんだ?」

偶然飲み屋で顔を合わせ、なんとなしに話したことから顔見知りとなったおじさん。ニヒルな笑みを浮かべると、欠けた前歯が見える。昔悪いことをしてたタイプだ、と名前が本人に伝えれば、今もさ、とケラケラと笑われた。ちょっと悪そうな雰囲気を持ちながらも、冗談が通じるくらいにはフランクないいおじさんだ。

「付き合っていた先輩に振られた挙句、よくわからない理由で会社を退職させられたんだよう!!!!」
「なんだそれ」
「わたしもぉぉぉぉ!!わかんないよぉぉぉぉぉぉ!!」

グラスを煽れば、これはおじさんのだったらしい。焼けるような熱さが喉を通り、思わず噎せる。飲んでいたはずのカルアミルクはどこにいったのか。名前は据わった目でキョロキョロと自身のグラスを探すが、とっくに飲み終えてしまっていたので店員さんに持っていかれていただけである。

「突然彼氏に振られ、追い討ちかけるように、君の席明日からないから、って部長に言われてさあ〜〜〜!!??」
「声が大きくないか?」
「おじさんんんんんんんん!!私は愛する人も働く場所も一気になくしたんだよおおおおおおお!!この後にどれだけの幸運が来たとしても、すぐに元気なんて出せねえですわああああああ!!」
「そうかいそうかい、ほら飲んで元気出しなさい」
「おじさん好きぃぃぃぃぃぃぃ!!」

おじさんから名前はグラスを貰うが、中に入っているのは芋焼酎である。甘いカクテルしか飲み慣れていない名前は、グフッと噴き出しまた泣き出す。それを、おじさんはニヤニヤとした笑みを浮かべながら眺めていた。泣きっ面に蜂とはまさにこの事だ。

「ついさっきお金スられて全財産なくしちゃったし…」
「…その割には今飲んでるね」
「……おじさーん」
「やれやれ、仕方の無い子だな」

ケロリとした笑顔で甘える名前におじさんは溜息をつきながらも、欠けた前歯を見せて笑う。
肩を竦めてみせるが、なんだかんだでいつもおじさんは酔った名前を介抱しながらも家の近くまで送り届けてくれるし、お金も全部出してくれる。もちろん名前は断っているし、お金を返しているが、何故か後日家のポストにお金が返ってくる。このおじさんは妙に名前に甘いのだ。

「働き口が見つからなくて…どうしよっかなあって…でも働く気も今全然なくて…ぐすん」
「そう言えば最近顔をあわせなかったな。何してたんだ?」
「就活」
「……退職したのはいつ?」
「半年前くらいかな。ここ数ヶ月就活してるけど、なかなか上手くいかなくて…」
「そうかい」

おじさんは随分と察しがよく、頭もいい。そして、名前との付き合いも短くはない。この一言で、名前の持ち得る不運がかつてないほど働き、それが理由で就活が上手くいってないのだろうとすぐに気づいた。

「こんな社会なんてぇぇぇぇえ!!ぶっこわしてやるぅぅぅぅぅ!!交通事故による面接の遅刻も、転げて面接官のズボン引き下ろしても、転けて水溜まりに落とした履歴書を提出しても、許される世の中にしてやるぅぅぅぅぅぅ!!」

ふうっとおじさんの口から紫煙が吐き出される。この苦い香りは最初嫌いだったが、今では結構好きだ。
おじさんの怪しい色を秘めた瞳が、こちらをちらりと横目で見つめてくる。

「じゃあ、そんな名前ちゃんにピッタリなお仕事先を紹介しようか」
「え!?本当!?」
「うんうん、名前ちゃんも気に入ってくれると思うさ」
「へえええええ!どんなお仕事なの!?」
「世界を変えるお仕事だ」
「世界を、変える…!!」

なんてかっこいい響きなのか。しかも、世界なんて大規模すぎる。待遇もいいのではなかろうか。名前の胸は小躍りする。

「お仕事、紹介してください!!」

バン、と勢いよく机に手をつけば、その反動でグラスが倒れる。名前のズボンは焼酎に濡れ、思わず叫び声をあげれば、名前のお代わりのカシスオレンジを持ってきた店員が驚き、そのお盆に乗せていたグラスが名前に倒れる。それは、見事に名前の頭に降り落ちてきた。まるで、ピタゴラスイッチのような綺麗な流れであった。

「見てて飽きないくらいの不運っぷりだ」
「あ!!おじさんが笑ってくれた!!」

クツクツと笑うおじさんに、名前はパアッと顔色を明るくさせる。先程まで落ち込んでいたとは思えぬほどニコニコと嬉しそうに笑うものだから、おじさんは少し拍子抜けしたような表情を浮かべる。

「……名前ちゃんのその不運に負けない前向きさも気に入ってるよ」

そう言って、おじさんは高級そうなハンカチを名前の頭を拭いてくれる。えへへ、と名前はその優しい手に笑った。
しかし、名前はこの時気づかなかった。優しい手に隠された、おじさんの怪しい笑みを。

これが、名前の人生最悪にして最高の不運と幸運の出会いを果たすことになるきっかけであった。