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世界よ、動け


 ブツブツと頬に浮き出る蕁麻疹を眺める。まるで、感情の揺らぎが突出したかのよう。ピリッとした空気に背筋が震える。今にも爆発しそうなダイナマイトを手に持て余しているかのような気分だ。

「戻ってこい壊理。殺されちゃう?何度言ったら分かるんだ。
お前は人を壊す。そう生まれついた」

 まるで呪いのようだ。その言葉がエリを孤独と恐怖に縛り付ける。

「ーーーダメッ!やっぱり……」
「聞かなくていい!」

 顔色を悪くさせ、オーバホールの元に戻ろうとする彼女の小さな体をきゅっと抱きしめる。今離したら、一生後悔する。永遠に癒えることのない傷と罪を背負っていくことになるのは目に見えていた。名前はこの少女を守りたい。今はそれだけだ。

「いつも言っているだろう。お前の我儘で俺が手を汚さなきゃいけなくなる。お前の行動一つ一つが人を殺す。呪われた存在なんだよ」
「そんな事ない!!」

 名前は叫んだ。腹の奥底から。気力も体力も身体的にも精神的にもきつい状態だというのに、こんなに声が出るものなのかと自分でも感心した。しかし、それも一瞬のことだ。名前は思うがまま全てを口に出した。

「エリちゃんは優しい子だよ!私のことも、周りのことも考えてくれる!!自分はこんなに苦しんでるのに、辛いのに……!!呪われた子なんかじゃない!!この子は、誰かを慈しみ愛し、そして愛されるために生まれてきたんだ!!」

 だから、救われることに、助けられることに、後ろめたさを感じないで欲しい。助けてと叫んで、その小さな手を伸ばして欲しい。その手を力強く握りしめて引っ張りあげてくれる優しい人はちゃんと存在している。
 こうして今現れたヒーロー、ミリオのように。

「そうだ!このお姉さんの言う通りだ!それに、自分の子になんでそんなことが言えるんだ!!」
「ああ…?そうか。そういう話だったな。俺に子などいない」

 オーバーホールの手が地面に触れる。その瞬間だった。足元がボロボロと崩れていく。死柄木と似たような個性だろうか。そう思ったのも束の間、いや違うとそれをすぐに断じた。
 なんと崩れていく地面が茨のような形に姿を変え、こちらを襲ってきたのだ。瞬きを1つ落としただけの間、たったそれだけの時間で名前は生命の危機に脅かされていた。
 ミリオが名前とエリを抱えて避けてくれたが、彼がいなかったらきっとあの茨に体を貫かれていた。考えただけでゾッとする。
 しかも、だ。

「この子ごとーーー!」

 オーバーホールはエリを傷つけることに躊躇すること無く、攻撃を仕掛けていた。ミリオがいなかったら、名前と同じようにエリの身だってただじゃすまなかっただろう。

「ああ、壊れても支障はない。すぐに修復すれば蘇生出来る。原型を留めていなくとも元通りに治せる。その子は身を以て知っているハズだ」

 その言葉を聞いた時、名前は頭にカッと血が上った。壊れても修復できる。それを身をもって知っているというのならば。それは、とどのつまりーーー。
 何度死の恐怖を味わい、何度元に戻され、何度絶望したことだろう。想像さえもできない。それほど酷なことなのだと、エリは知っているのだろうか。

「壊理が傷を負ったらどうする。この状況下治せるのは俺しかいないぞ。抱えたままじゃ透過で逃げられない。俺と戦うのか?学生さんよ」

 棘が更なる牙を向けてくる。ミリオは名前とエリを抱えながらそれを何とか避ける。気づけば、真っ直ぐとした平らの地面はなくなり、茨のトゲだらけの足場となっていた。周りも崩れた地面で大きな壁が作られ、囲いこまれている。ミリオの個性によっての逃げ場を無くすためなのだろう。それほどオーバーホールもミリオの個性に危惧を感じているということだ。

「今の修復で逃げ道は封じた。その個性も」
「こいつを撃ち込まれりゃ消えちまいます」

 すると、先程名前が回し蹴りを決めたクロノが起き上がり、こちらに銃を向けてきた。その中身を名前は知っている。死柄木とともにここを訪れた際、その計画の内容は聞かされていたのだ。もし、彼の言うとおりその計画が確実に形になっていると言うのならば、その銃を打ち込まれてしまうと、個性がーーー。

「壊里を抱えている腕を狙え、間抜け」
「まさか敵連合が裏切るとは思っていやせんでした」

 オーバーホールが再び地面に手でふれる。クロノの銃口はこちらを向いている。
 棘があると、銃はミリオに当てにくいだろう。特に彼は透過するような個性を持っている。オーバーホールもそれを警戒している。

「ヒーローくん、私が隙を作るからその間にあの二人をどうにかできる?」
「え!?でも……」
「安心して!私、今すっごく運が乗ってるから、最悪死ぬ気はしないんだよね」
「運?」
「そう!私、幸運だから!だからね、私に何かあっても心配しないで、エリちゃんを守ってね」

 名前はニカッと笑う。何故だろう。オーバーホールとクロノに対しての恐怖心は薄れてなどいない。それなのに、不思議と死ぬ気はしなかった。何かあってもどうにかなる。そんな幸運の予感が名前の胸の中にはあった。
 こんな状況でカラリと笑う名前を見て、ミリオは戸惑いながらも、しかしエリを助けるという意志の元名前の言葉に頷いた。
 トゲが崩れていく。予想通りトゲによる攻撃はやめたらしい。ミリオは名前とエリを抱きしめると、そのまま自分の体ごとマントで覆い隠した。それで狙いの標準がズレたのだろう。銃声が2回響いたが、それはミリオに当たらなかった。
 その間にできる一瞬の隙。名前とミリオはそれを見逃さなかった。

 名前は駆け出す。クロノに向かって。クロノは銃を名前に向けるが、しかしそれが無駄打ちのできないものであることを重々承知していた。名前に撃てばどうなるか。彼女の個性はたかだか運だ。それよりも、厄介なのはミリオの個性。残数の少ない貴重な弾をここで使う訳には行かなかった。

「ていや!!」

 そのまま突っ込んでくるかと思いきや、彼女の手からは瓦礫の1部っぽい石が投げられた。それを難なく避ける。運だけの女がヒーローの手から逃げ出して何が出来るというのか。照準は丸くなったマントのまま。素早くそれを撃ち、名前を迎え撃とう。クロノはそう判断して、引き金にかける指に力を入れた、その時。オーバーホールがクロノの名前を鋭く呼んだ。
 その瞬間、顎に衝撃が走った。透過により地面の下に潜り込んでいたミリオがクロノの元にいち早く駆けつけ、下から拳を振り上げたのだ。
 しかし、それはオーバーホールの修復の個性により、盛り上がった地面で塞がれた。とは言っても、クロノの手からは銃が離れていった。それを名前は遠くに蹴り飛ばす。とりあえずこの銃を手放させることには成功した。

「すいやせん!オーバーホール」

 オーバーホールはマントに包まれたエリに目を向ける。彼女を壊せばミリオはオーバーホールに手出し出来なくなる。なんせ壊れたエリを修復できるのはオーバーホールだけだからだ。地面に手を触れようとしたその隙をミリオは逃がさなかった。ミリオはオーバーホールの背後に回り、彼を殴り付けた。

「ヒーローがマントを羽織るのは!痛くて辛くて苦しんでいる女の子を包んであげる為だ!」

 起き上がり、銃に再び手を伸ばすクロノを名前は突進して突き飛ばす。ミリオはまた地面の中に潜り込んで動き出す。

「相手をよく見て!!次の行動を予測する!!一介のヤクザとは思えない身のこなしだ!お前は強いよ治崎!でもね!」

「俺の方が強い!!」

 そして、再度オーバーホールに拳をぶつけた。

「もう指1本触れさせない!!2人まとめて倒してやる!!お前の負けだ、治崎!!」

 一人の少女を守るために、必死になって戦う姿。まだ学生だろうとも、その姿は正しくヒーローであった。

 エリを助けられる。彼なら、エリのヒーローになれる。名前はそう期待した。いや、確信に近いものを得ていた。それが崩されたのは、第三者の登場だった。

「音本!!」

 地面に伏したはずの音本が床を這いずりながらこちらにやってきたのだ。修復によりまるで牢屋にように囲まれた壁の隙間から、彼の姿が現れる。
 オーバーホールは手元にあった、銃弾を彼に投げ渡した。まさかクロノの持っていた銃以外にまだ弾があったなんて思いもしなかった。

「撃て!!」

 音本は銃に弾を入れ込み、ミリオに向ける。しかし、彼はこの弾の重みをよく理解していた。透過の個性を持つミリオにどうすれば当たるのか。彼は考えた。

『あの子が笑えないままなんてそんなの絶対許せない!!』
 
 それは紛れもなく、ミリオの本音だった。音本でなくては知りえぬ、真実だった。
 ああ、それならば。音本は銃口をエリに向ける。それだけでも、ミリオの行動は早かった。エリを守るために、その身を差し出す。

「病人が」

 オーバーホールが苦々しく吐き捨てた。嘲笑うように、憎々しげに。
 名前はクロノを抑えるために、すぐには動けなかった。ただ不味いと、最悪な想像が形になろうとしているのを、察していた。

「ヒーロー君!!」

 声を張り上げる。彼に手を伸ばした。その場から名前も駆け出そうとした。当たってはいけない。それをわかっていたのに。
 
「行かせやせんよ」

 ゾワッと背筋が凍る。なにか来る。そう感じた時には遅かったのだろう。背中に何か突き刺さった。
 開いた口が閉じない。伸ばした手を引っ込めることも、何が起きたのか背後を振り返ることも、ミリオとエリの元に駆け寄ることも。何も、出来なかった。まるで動きを制限されているみたいに、世界から自分だけが取り残されているみたいに、体が動かない。いや、違う。ゆっくりとだが動いている。本当にカタツムリが動くくらいのスピードだけど。何らかの個性だろう。恐らくクロノの。油断していたと内心歯噛みをするが、もう遅い。
 名前は、ミリオがエリの頭に優しく触れ、抱きしめる姿を、まるで映画のワンシーンみたいに眺めていた。声が出ない。足も動かない。見たくない現実が目の前にあるというのに、この瞼は閉じさせてくれない。
 
 そして、音本から放たれた弾はミリオの体に突き刺さった。

「アンタには借りを返さなくては腑に落ちやせん。飛んだ不運を持ち込んできてくれやした」

 頭を掴まれる。それと同時に体を地面に勢いよく押さえつけられた。顔から地面にぶつけられる。口の中に苦い味が広がった。先程までとは、形勢逆転だ。

「幸運の女神?いや、とんだ死神だ!敵連合は何故貴方みたいな女を引き入れたんですかねえ」
 
 ガン!ガン!ガン!頭を持ち上げられては、何度も打ち付けられる。硬い地面の感触に意識が遠のいていく。痛みも感じないくらいに、神経は麻痺していた。
 死神。そういえば、と。元恋人にもそう言われていたと思い返す。でも、荼毘はそんな名前の運を信じていると、死柄木は名前の運を名前のためだけに使えと言ってくれた。脳裏に彼らの姿が過ぎる。アルバムを捲るみたいに、彼らとの思い出が次々に思い起こされた。これは、走馬灯だろうか。
 
「個性なんてものが備わっているから夢を見る。自分が何者かになれると……精神に疾患を抱えるんだ。笑えるな!救おうとしたその子の力でお前の培ってきた全てが今!無に帰した!」

 すると、名前を殴りつけていた手がなくなった。閉じかけた視界で見えたのは、クロノを掴んでオーバーホールに投げつけたヒーローの姿だった。

「相手をよく見て動きを予測するんだ…!なにも…!これまでの全て何も無駄になっていない。俺は依然ルミリオンだ!!」

 そこには、酒木の個性が効いていても、個性をなくしても、エリと名前を守らねばならぬという枷があっても、ヒーローとして立ち上がるミリオの姿があった。
 その背中を見ていると、彼らに、敵連合の仲間たちに、会いたくなった。荼毘に会いたくて仕方なく思えたのだ。