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ゆびきりげんまん



「八斎會と協力するだって……!?」
「ああ!!何度も言わせるな」

 信じられないと言わんばかりの言葉がこぼれ落ちる。それもそうだろうと、名前は納得する。
 今日この日、敵連合はメンバー全員が集められ、死柄木からある案を聞いた。それは、つい先日接触した死穢八斎會と協力するというもので。メンバー全員はその案に非常に難色を示していた。
 名前も彼らと同じ立場ならきっと同じ反応をしていた。そして、彼らの反応を改めて見ると、今でも本当にこれでいいのかと悩む部分が出てくる。

「あちらの計画には充分な旨みがある!トガとトゥワイス、そして名前!今日からおまえらはヤクザだ!」

 死柄木の隣に立っていた名前は、ザクザクと自分の身に視線が刺さってくるのがわかった。何故、名前が出向することになるのか、と。その視線たちはまるで責め立ててくるようだった。
 名前は敵連合にとって、ただそこにいるだけでいい存在だ。純粋な戦闘力としては数えられていないし、期待もされていない。だというのに、ヤクザである死穢八斎會の元に彼女は行くと言う。その事に、メンバーたちは更なる不信感と疑心を募らせた。

「つまんねぇ冗談だ。面白ぇよ死柄木…!!」
「黒霧も持っていかれそうだったが、代わりに名前が行くことになった。こいつが勝手に動いたせいで」
「うっ!!」
「まァ、実際黒霧は今大事な案件に取り掛かってるしな」

 まだ根に持っているのか。死柄木の棘のある言い方に名前はビクリと身体を震わせた。

「移動については地下からのルートで……」
「何が旨みだよ!!冷徹ぶりゃリーダーか!?感化されちまったかあのマスク野郎に!!」

 黙っていられなかったのは、トゥワイスだ。彼は死柄木に掴みかかった。

「あいつはマグ姉を殺したんだぞ!!」

「あいつはMr.コンプレスの腕をぶっとばしたんだぞ!!」

「あいつは……!!俺が不用意に連れてきたんだぞ!?」

「俺だって人間だぞ……!?死柄木……!!」

 トゥワイスの悲痛な叫びが、寂れた建物の中で響き渡る。彼は、死穢八斎會と敵連合を引き合わせてしまったことに、深い後悔を抱いており、また責任も感じている。
 自分のせいでマグネが殺されてしまった。自分のせいでコンプレスの腕を飛ばしてしまった。そう、自分を責めて、名前に謝罪の言葉を告げに来たのもつい最近の話だ。
 曰く、「辛い思いをさせてしまってすまない」と。名前よりも、辛そうな様子で頭を下げてきた。マスクで顔は覆われていたので見えなかったが、多分泣いていたと思う。彼は、特に仲間を大事に思っていたから、尚更なのだろう。
 それなのに、そんな自分が仲間の仇であるヤクザの元に行かなくてはならない。そのことが、許せなくて、認められなくて、たまらないのだろう。

「トガちゃんもよォ!何とか言えよ!!名前ちゃんも、いいのかよ!!それで!!」

 これでいいのかという、トゥワイスの問いに名前はなんと答えたらいいのか分からなかった。
 でも、死柄木と共に死穢八斎會の元へ行った名前は、死柄木の考えも想いもここにいるメンバーよりしっかりと認識はしていた。

「これでいいとは思わないよ。でも、こうするしかないとは思ってるかな…」
「名前ちゃんまで……!どうしちまったんだよ!」

 名前は心のまま素直な気持ちを伝えた。諦めた訳では無い。だが、死柄木はやられてただ終わるだけの男ではない。それはここの仲間たちも同じだと、名前は信じている。だからこそ思う。動くのは今じゃないと。
 だが、それを伝えるのには、名前も現状を把握出来ておらず、彼らにうまく伝える術がなかった。それがもどかしいと感じた。

「弔くんにとって私たちは何でしょう?」

 机の上にちょこんと座っていたトガが、音もなく降りてくる。

「私にとって連合は気持ちがいい」

「ステ様がきっかけでした」

「私も私のやりたいように……生きやすい世の中に出来るものならしてみたいと思うのです」

「ねェ弔くん」

 トガはナイフを死柄木の首元に持ってくる。少しでも動けば、その薄い皮膚に鋭いナイフが突き刺さりそうだ。

「なんの為に辛くて嫌なことしなきゃいけないの?」

 マグネが殺されたと、教えてくれたあの日。トガは名前のことを傷つけたくないと言った。何故そう思ったのか。それは、目の前でマグネが殺されて、トガが傷ついたからだ。だから、そんな想いを名前にさせたくないと思ったのだろう。
 トガは怒っている。悲しんでいる。傷ついている。泣けなかったと言ったが、彼女の心はきちんと悲鳴をあげているのだ。

「……そうだな」

 死柄木は顔についている手を外した。名前は思わず目を見張る。その時に見えた、彼の顔。それを間近で見たトガは、顔色を青くさせた。

「俺とおまえたちの為だ」

 死柄木は笑っていた。ただ静かに、穏やかに。背筋がゾッとするほどに、綺麗な笑みだった。

「向こうは連合の機動力を削ぎ、且つ有用なお前らを懐柔したいんだろう。外堀から取り込んで従えたいんだ。ハナから対等になんて考えてもいないのさ。」

 反発していたトガもトゥワイスも口を閉ざしていた。名前も彼の笑顔を見て、背中に汗が湧いて出て止まらなくなるのを感じていた。

「トゥワイス、責任とらせろと言ったな。こういう取り方もある」

「俺はお前たちを信じている」

 そんな死柄木の言葉に、もう異を唱える物はいなかった。





 信じるとはどういうことだろう。名前には分からない。だが、彼の言葉は妙に説得力があって、彼の言葉の通りに叶えてあげたいと。そう思う何かを感じさせる不思議な力があった。これが、カリスマというものだろうか。
 最初出会ったばかりの頃。子供のような癇癪ばかりを見せていた頃の死柄木が懐かしい。彼は間違いなく成長している。それも急激なスピードで。大事な師との別れにより。

「お前じゃ黒霧の代わりにもなれねぇだろ」
「……荼毘先輩」

 出向の準備をしていると、近くに荼毘がやってきた。その表情はいつもと変わらない。だけど、氷のように冷めた色した瞳が、名前を責めているように見えた。何故、出向することを選んだのか、と。
 もしや心配してくれているのだろうか。そんな自惚れた考えが、名前の頭の中に過ぎる。名前は無意識に口元をムズムズとさせ、柔らかく緩めさせた。

「幸運の女神なんだって」
「は?」
「ヤクザの人が言ってた。敵連合には幸運の女神がいるって」
「それが、お前か」
「たぶん」

 自信はないため恐る恐ると頷けば、荼毘からは鼻で笑われた。大変失礼である。心配してくれているかと思えば、そうではないかもしれない。そんな予感がしてきた。

「女神ってタマか」
「いや、それはね、私も思ったけど!そんな大それたもんじゃないからね!」
「だろうな。お前の不運に振り回されるのが目に見えている」
「……荼毘先輩、バカにしてるよね?」
「ようやく気づいたか」
「むきー!!」

 見送りに来てくれたかと思えばこれだ。やはり荼毘は荼毘であった。意地の悪さはいつまでも変わらない。それでも、名前が彼のことを好きな事実は変わらないのだけれど。かといって、暫く危険な場所に身を置く人に向かって言う言葉がそれなのだろうか。なんだが納得がいかない。
 むうっと唇を突き出して、不満ですよー、不服ですよー、拗ねてますよー、とアピールしてみる。すると、遠慮なしに額を指で弾かれた。痛い。

「こういう時くらい甘やかしてくれてもいいのに」
「お前のワガママを突き通してやってんだ。充分甘やかしてんだろ」
「え、私の決死の捨て身の覚悟、ワガママ扱いなの」
「ワガママだろ。身を弁えろ」
「ひどい。荼毘先輩のバカ、ハゲ」
「禿げてねえ。あとバカはお前だろ」

 いつもと変わらない軽口の応酬。だけど、荼毘の様子は何処か違った。いつもと同じように口は悪いし、態度もでかいし、冷たいし。だけど、それがさらにトゲトゲとしている感じ。不機嫌っぽい。

「怒ってるの?」
「何にだ?」
「えー、分かんない。でも、怒ってる感じするもん」
「……さあな」

 じっと見つめてくる名前の視線から逃れるように、荼毘はそっと目を逸らした。それを見て、名前は少し悲しくなった。暫くこうして顔を合わせる機会も少なくなるのだから、前みたいにぎくしゃくしたまま離れるのは嫌だ。
 どうせなら、次会う時に楽しみがあったり、それまで頑張ろうと思える何かが欲しいと思うのだ。すれば、名前は出向先で何があっても、それを心の支えに出来る。
 そこで、ふと名前は思いついた。

「ね、ね、荼毘先輩!」
「……」

 ニコニコ笑顔で声をかけてくる名前に、荼毘は嫌な予感がしたのだろう。面倒くさそうな顔を見せてきた。だが、そんなのはいつものことだ。名前は気にせず、言葉を続けた。

「ちゃんとここに帰ってきたらさ、荼毘先輩からご褒美が欲しい」
「……なんでだ」
「いいじゃん!私、そのために頑張るからさ!」
「コンプレス辺りに頼めよ」
「ええー、荼毘先輩から欲しいんだよー。荼毘先輩じゃなきゃダメなんだよー」
「…………」
「ねえー、お願いってばー」

 しつこく強請れば、荼毘はため息をついた。そして、冷めた半目でこちらを見下ろしてくる。

「…………何がいいんだ」
「え!いいの?」
「興が乗ればな」
「へへー、やったあ!ご褒美は帰ってきたら言うね」
「変なもんじゃねえだろうな」
「秘密!」

 そう笑えば、荼毘は口元だけ緩めた。その顔がほんの少しだけ優しく見えて、名前はさらに嬉しくなった。

 実のところ、名前はちょっとだけ気づいている。他人に興味がなく、自分の思うがまま行動する荼毘が、名前にだけはほんの少し優しい時があること。心底嫌そうにしてみせるが、最終的には溜息をつきながらも名前の希望をちょっとだけ汲み取ってくれる。瞬きをすれば見逃してしまいそうな些細なそれを、名前は見つける度に自惚れに近い満足感や優越感を得てしまうのだ。荼毘にとって、自分は少しでも特別なんじゃないかと。期待してしまう。

「はい、じゃあ、荼毘先輩、約束ね!」
「……はあ」

 ゆびきりげんまん。小指を絡めて指切りをする。そんな子供みたいな拙い仕草を見て、荼毘は呆れたような顔を見せるが、それだけだった。絡めた指を解いたりせず、ただされるがまま。名前はそれを許容と判断し、我慢できずに笑みを浮かべた。

「じゃあ、行ってくるね!」

 お返しなんていらない。ただ彼のそばにいられたらいいって思ってたのに。恋ってもんは質が悪い。一個満たされば、更にと欲が増えていくのだから。
 さて、ご褒美は何を強請ろうか。名前は不安に押しつぶされそうな心を鼓舞するように、帰ってきた時の楽しみを考え始めた。