過去と素顔

そうだ。私が言いたい事はカカシに「最近になってあなたが男に見える」だ。

隣に並んだとき、正面で向き合ったとき。口布に隠れた顔も、喉元も。腕も手も何もかもが男に見え始めた。

別に大したことじゃないかもしれない。冗談めいた口調で言えばただの冗談で終わると思う。

さっきのシカマルの様にそういうのに慣れていない訳ではないんだから、カカシだってそれを冗談として受け止めてくれるかもしれない。

だけどそれでも言えないのは、私のそれが軽いものじゃなくて本気だからだ。


幼い頃は何だってカカシに話していたのに、これは代償だろうか。

何が楽しかった、何が悲しかった。

粗相をして先生に怒られた日には“先生なんて大嫌い”

友人に好きな人が出来たんだと教えられたら“あの子○○君が好きなんだって”

カカシには“大好きだよ”


何とも思っていなかったからこそだけどなんだって簡単に言えてたのに、進む道が変わって会わなくなった途端にそれはパッタリ途絶えてしまって。

途絶えた事を寂しいとも思う事もなく、私は私で好きな人を見つけ、それなりに青春を謳歌して自らカカシから離れていった。

「○○、あのさ――」
「ごめん!これから用事があってさ、ちょっと急ぐから後でいい?」

こんな調子でカカシの事を後回しにしていたけれど、よくよく思い出してみればカカシはずっと何か言いたげだった。もしかしたら私にしか言えない悩みか何かがあったのかもしれない。

カカシがそんな部分を見せる事なんて殆どないのに唯一の機会を逃して放置して、そしてカカシが離れていった事に気づくことなくそのまま過ごしていった。もしこの時期に私がカカシを男だと認識して大切にしていれば、今の関係は確実に変わっていただろう。


その数年後、久しぶりに会ったカカシは昔と変わらないように見えて物凄く変わっていた。同じくらいだった身長はいつの間にか頭二つ分くらい違うんじゃないかと思えるほど伸びていたし、ただ細かっただけの身体は人間一人なら余裕で抱えられる程の筋肉がついていた。

ただ、変わっていたのはそれだけじゃなく、荒んだ目に感情の触れ幅。それと笑い方。
それを見た私は愕然とした。何てことをしたんだろう、と罪悪感に見舞われた。

離れている間、カカシはずっと一人だったんだとその時になって気づいた。誰かに吐き出すこともせず、ただ一人で過去の出来事を悔い、只管里のためと一人で立ち向かっていっていた。


なのに私は何をしていた?

やれ誰々が好きだ、誰々と付き合った。任務に対してもカカシほど貢献していなかった。
もっとも、暗躍部隊と普通部隊の任務なんてまったく内容が違うんだろうからそこを比べるのもどうかと思うけど、それでも里に対する忠義というか、そういった思想の部分では大分違うように思える。

そんな相手を目の前にして愕然としないでいられるか。たったの数秒でそう感じ、結局他の上忍達と会話を交わしているカカシに顔を向けることが出来なかった。


カカシは自分で選んだ道を自ら進んでいったまでで、全く気にしていないと思う。今私が感じている後悔に対して、何を馬鹿な事考えているんだと呆れるかもしれない。

それでも私からすればそれは大きな事だった。人生で一番後悔する出来事だ。どの面下げて「あなたが男に見えます」なんて言えるんだ。

それに、なによりも私だったら幼い頃を知っている馴染みの友人に好意を持たれ始めているなんて知ったら戸惑う。寧ろ困る。

だからこそ心底言いたい事が言えない。追わなかった罪悪感もあって、余計に。

本当に何もかも今更だ。
馬鹿みたい。

「――みたいだし、○○も参加する?」
「…」
「○○?」
「…ん?なに?」
「いーや、何でもない」

呆れたように笑うと、残りのお茶をすべて飲み干して席を立ってしまった。今度は本当に待機所を出るらしい。

もう少しだけ見ていたかった、一緒にいたかった。思えばカカシと二人きりで話すなんて本当に久々だったのに、呆けてしまって会話する時間を逃してしまった。

なんて勿体無い事をしたんだろう。なんて後悔した頃には既にカカシは紙コップをゴミ箱へと投げ入れていて、出すまいと思っていた情けない声色でついつい声を掛けてしまった。

「どこ行くの?」
「五代目のとこ。呼ばれてたの忘れてた」
「うん、そっか。じゃあね」

寂しい、まだ行かないで。

置いていた本を手に取ったカカシを見ながらふと胸を熱くさせたけど、それは思うだけに留めておいた。けれど、もしかしたら顔に出ていたのかもしれない。

口布を上げている途中でカカシは私の顔を見て止まった。眠げな目はそのままで眉だけを上げた表情で。



そのまま何もなく去るだろうと思っていた。見なかったフリか、それか何故そんな顔を?と分からないといった状態のまま待機所を出て行くだろうと。

だけど口布はそのまま顎に引っ掛けられて、なかなか見せてくれない優しい笑顔を見せ、それでもってその手が私の頭の上に乗っちゃうから。無意識だったけど、素顔を覗かせて良かったと思えた。

「そんな顔しなーいの」

言えない。言いたくない。

打開したい。でも壊したくない。

可能性にかけてみたい。でも怖い。

だけど、本心はもっと笑顔を向けて欲しい。


シカマルが心底羨ましい。

昔に戻りたいよ。思春期真っ盛りの、追いかけなかったあの頃に。



[2009/09/08]

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