*ジェイドと同期の軍人主人公の独白。旅の仲間でした。



 人間はなんて残酷なのだろう。どれだけ相手の事を心配してます風を装ったって、心の奥では結局自分が一番なのだ。相手を心配できるのは自分の心にも外にも余裕がある時だけで、心の奥底では相手より自分のほうが優位だと思ってる。だから、自分の心や生活に余裕が無くなれば相手を思いやる事なんて出来なくなる。
 また、人間はヒトが一番優れていると考えてるきらいがある。だから、その他の生き物を可哀想だと保護したと思えば、都合が悪くなれば簡単に切り捨てる。

 国、いや、世界は今、"ホンモノ"が生きる為に"ニセモノ"を犠牲にしようとしている。結局、人間が生きのこる事が最優先事項で、その為に何かが犠牲になる事をあたりまえと考えていて。
 "ニセモノ"は"ヒト"の犠牲者だった。人間の勝手で生まれて、何も知らぬまま気持ち悪がられ疎まれて。"ニセモノ"の存在が世間に知られた時、国は何も対策を練らなかった。彼らが石を投げられ蹴られ暴力を振るわれてるのを見て見ぬ振りして、彼らが"ヒト"として過ごせる様になど考えもしなかったのに。国は"ヒト"に、自分達が生きる為に犠牲になれと告げた。

 この選択を彼にさせるのはとても残酷な事で、間違っていると思った。だって、彼の心の中は、彼の過ちで犠牲になったアグゼリュスの人達への罪悪感と後悔と、償わなければという責任感でいっぱいなのだから。そんな彼の前に、君と君の"ナカマ"の命をかける事で世界が救われる、今までの償いになる、という選択肢を差し出せばどういう決断をするかなんて分かりきったことだ。しかもそれが、結局唯一の世界を救う道だとなれば。

 あいつは、自分の犠牲を選んだ。

「人は残酷だよ」
「ええ」
「生まれて七年、辛い思いばかりしてきたあいつに、世界は同胞を殺せと、自分を犠牲にして、彼らを疎んだ世界を守れと言うのか」
「けれど、私達にはそれしか言えません」
「国を、国民を守る立場にいる人は、そのための仲間の犠牲を嫌だといえない、か」

 明日、俺たちはヴァンの計画を打ち砕くために宙に浮く楽園へ突入する。俺はあいつが心配になって、と言うのを口実に、自由すぎる皇帝陛下と陰険ロン毛眼鏡大佐との会話を途中で切り上げ、宿に戻った。これ以上あの2人と話してると、言わなくてもいい事をいってしまいそうだったのだ。陛下にも大佐にも、どうにも出来ない事なのに。あの人たちだって、悔しくない訳はないのに。


 宿に戻ると、俺らの寝る部屋から人の気配がした。こういう時、軍人を長くやってると便利だ。何をしているのだろうと扉に耳をあてると、なんだか大きめの息遣いが聴こえる。俺は思わず息を潜めて、扉の先の息遣いに集中した。

 それはとても、とても悲しい吐息だった。しゃくりあげた、ヒッという音が、その部屋全体に断続的に響き、扉に当てている俺の鼓膜を細かく揺らす。
 この"音"は、彼の心の叫びだ。選びようの無い選択を突きつけられた七歳児の、言えなかったワガママのなれの果てだ。俺らは彼に、反省と常識を押し付けて、彼から言ってもいい思いまで奪ってしまった。彼には人しれず泣くしか選択が残されてはいなかった。

「死にたく、ねえよ」


 宿にもどった俺は結局、自分達の寝る部屋を開ける事が出来なかった。彼の背負う闇や罪悪感や辛さ、哀しさは、俺が簡単に理解できるものじゃないのだ。軍人となって、俺もたくさんの人間を、同胞の命を奪ったけれど、明確な意志をもって行動した俺の心中と自分の身勝手でたくさんの命を奪ってしまったと考えてる彼の感情は全くもって違う。俺が今の彼に何を言おうとも、それが正しい意味と感情で伝わる事はない。俺は、彼には、彼の代わりにはなれないのだから。

 結局、彼の心の叫びを聞いてもなお、「それじゃあ俺と逃げてしまおう」と言えない俺は、彼に全てを押し付けた"ホンモノ"とたいして変わりはしない。



聞こえない嗚咽

 ヒトはいつから神様になったのだろうか。

Title by しあわせになく

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