ざあざあ、掻き鳴らされる水音は、シャワーヘッドの無数に開いた穴から勢いよく出ているお湯の音だ。それを頭にあたるようにすれば、その音は耳元、そして頭の中に響いて、今の俺のどうしようもない感情をかき消してくれそうだ。

 それは突然だった。いつもどおり勤務先である中央司令部へ行って、優秀な口の減らない部下達と共に上から回されるいやみの書類どもを片付けて、いつもどおり飯食って、あいつの嫁と子供の自慢話を聞き流して。明日もこんな日常の繰り返しか、なんて不満げに思いながらもなんだかんだで幸せだったのに。こんな日常の壊れ方は考えても見なかった。
 そりゃ、俺達は軍人だから、“死”というものは一般市民よりも身近にあって、誰がいつ死ぬか分からない、それは自分かもしれない、なんてことはとうの昔に覚悟してた。なんたってあの、イシュヴァール殲滅戦の前線で戦ってきたのだから。けれど、最近はスカーが暴れまわってくれたくらいで、俺自身が危険な中にいることがなかったから、失念していた。そう、俺たち軍人が死と隣り合わせで生きていることを忘れていたのだ。

 今日、大事な友が、イシュヴァール戦を共に戦ったあいつが、死んだ。

 本当に突然だった。それはなんの予兆も無く突然訪れた。いや、俺が見逃していただけかもしれないけれど。まあとにかく、その連絡は俺の日常を簡単に壊してくれた。上層部のいけ好かないじじいどものいやみったらしいラブレターがそろそろ片付け終わる頃、鳴り響いた電話。それは東方にいる戦友の一人からで、電話の向こうのプレイボーイが普段じゃありえない程慌てた声で伝えてきたのは、もう一人の戦友からの電話が不自然に途切れた事と銃声が聞こえたということだった。

 結局、ロイの得た音声だけの情報は、最悪の結論となって俺の元へやってきた。

 あいつは、ロイに何か伝えようとしていたらしい。しかも、わざわざ外の公衆電話を使って。そして、ロイに電話する前にあいつは資料室で何か調べ物をしていたのだ。あいつが見つけたのは、軍内部の資料室で見つけた、誰かに聞かれてはまずいこと、しかも軍の回線で話しては危険なもの。それを見つけた人間が何者かに殺される位に相手にとって重要な情報だ。
 あいつはそれに気付いてしまったのだ。面倒なことが嫌いなくせに、なんでこういうときだけ。


「ヒューズ」


 シャワーのお湯を被りながら、うつむいて呟く。口に出されたはずの彼の名は、耳元で掻き鳴らされる水音によって、誰の耳にも届かずに空中にかき消された。



かなしい浴室



幾ら名前を呼ぼうとも、もう、あの陽気な声は返ってこないのだ。三人でくだらない言い合いをすることももう出来ない。あいつはその日、部下から上司になった。


Title by ごめんねママ

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