オレンジ色の光に照らされた城を背にして、短い芝のような草の生えた庭に立つ。この幻想的な歴史的建造物が見られないなんて、マグルは損してる、と思いながら見上げた空には、インクの瓶を羊皮紙の上にぶちまけたような深い色が広がっている。

目線は空にやりながら、柔らかな地面に座り込む。最近は珍しく雨の降らない日が続いたから、地面についたお尻が湿ることはない。あたりを包むのは風が草木を揺らす音だけで、子供達がたくさんいる学び舎の昼間の喧騒が嘘のような静けさだ。もうとっくの昔に夕食の時間は終わり、生徒は寮から出てはいけない時間帯なのだから静かなのは当たり前なのだが。今、このホグワーツを自由に徘徊しているのは、暇を持て余した壁の住人か、半透明のお友達か、いらぬ勇気と度胸を持った悪ガキか、そんな奴らがいないかと眼を光らす拷問好きのスクイブとそのペットか、自分の寮の子にそんなバカがいるはずないと見回りに励む教師や監督生くらいだ。しかも、それも城内だけで、城の外のこんな見晴らしのいい所に、こんな堂々と生徒がいるなんて誰も思っても見ないだろう。

そのまま後ろに倒れれば、風が駆け抜ける音以外この世に存在しないかのような静けさが、吸い込まれそうな深い色とともに私の感覚を支配する。いっその事、空がこのまま落ちて来て私に覆いかぶさってしまえばいいのに。そしてそのまま私を包んで、その色しか見えなくなればいいのに。

そんな非現実な事が実現するはずないことはわかっている。魔法、なんてマグルにとっては非現実的な代物に囲まれている私にも、それが実現不可能な事ぐらいは分かっている。それでも、そんな事を思ってしまうのは、この空の色が彼に似ているからで、


と、私の耳を支配していた、風が揺れる音に、地面を踏みしめる音が加わった。それは私を支配するこの世界の終わりを意味していて、ため息が零れた。タイムアップだ。寝転がった体制はそのままに瞼を閉じれば、視覚分の感覚が聴覚に移って過敏になる。早足気味の足音はどんどん近づいて来て一番大きく響くと、耳元でその音は止んだ。誰よ、私の世界に土足で踏み込んで来たのは。どうやら足音の持ち主はなにも言わず私を見下ろしているようで、文句つけてやろうと眼を開けようとした瞬間、私の鼓膜を揺らした低い声に、思わず悲鳴をあげそうになった。

「校則を犯してまで出歩くような愚かな生徒は我が寮にはいないはずなのですがね、ミス・モンテスパン」
「胸元のバッジがお見えになりませんか、プロフェッサー。見回り担当なのです、残念ながら」
「ほう、見回りですかな。我輩には地面にだらしなく寝ているようにしか見えんのだがね」
「ええ、確かに。これが寝転がってるように見えないのならばマダム・ポンプリーに見てもらう事をお勧めしますわ、プロフェッサー」
「なるほど、つまりミス・モンテスパンは寝転がるだけで城内が把握できるという事ですな?素晴らしい才能をお持ちで、ああまったく」

目を開ければ、深い黒が私を見下ろしていた。眉間には色に負けないくらい深い皺が刻み込まれていて、開いた口からは厭味と皮肉がマーブル状になって飛び出てくる。流石スリザリンの寮監だけあって、人を皮肉るボキャブラリーが多彩だ。しかし、そういう私も、伊達にスリザリンで7年目を迎えてはいない。しかも監督生として他の生徒よりこの教授とのやり取りは多いのだから、この皮肉の応酬は専ら慣れたものである。

「ただの休憩ですよ。大体そんな素敵な能力があるならば、歩いて見回りなんかしませんわ。今頃ベッドで枕とお友達にでもなってます」

そう言いながら立ち上がれば、教授は呆れた顔をして杖を一振りする。すると私の制服にチクチクと付いていた細かい草が綺麗さっぱり無くなった。

「ありがとうございます」
「相変わらず口が減らないようですな。サボったり減らず口をたたく前に身なりを整えてはいかがかね」
「そうですね。以後気をつけます」

私がそう軽く言えば、教授はふん、と鼻で笑うようにして、城に向けて歩みを進めてしまった。ひらり、今宵の空のようなローブが翻る。

いつだっただろうか。彼のふとした行動に優しさを見つけたのは。本当はただただ、彼が不器用であることを知ったのは。もちろん、彼の、特にグリフィンドールに対する態度や彼の口にする皮肉の数々は、彼の本心なのだということは分かっている。でも、その皮肉が時に、その生徒を思って口にしているのだと気づいた時、その瞬間、私は彼に恋していたのだ。

物語にありがちな恋を、私自身がするとは思っても見なかった。幾ら大人っぽい人が好きだからって、周りの奴らが子供過ぎるからって、生徒と教師という間柄の、10以上も離れた、不器用な過去を引きずった男を好きになるなんて。それでも、一度認めた気持ちは簡単になくなったりしなかった。どんなに嫌な奴かと誰かが熱弁してても、どんな理不尽な行為を見ても、どんな皮肉を彼の口が発していようと、その行為に、言葉にあるふとした優しさに気づいてしまった私には、結局どうやってもこの気持ちを消すことは出来なかったのだ。

でも、これが褒められた気持ちではないことは、周りに簡単に話して良い気持ちではないことは分かりきったことだった。だから私は、今宵のような天気の時にふと空を見上げる。友達に話せない悩みがあるとき、無性にむしゃくしゃしたとき、彼の姿を見たくなったとき、私はこの空の色に彼を重ねて思うのだ。

「イギリスこんな綺麗な夜空が見られるなんて思いませんでしたから。どうせなら光に邪魔されないところで見たいと思って。お手数をおかけして申し訳ありませんでした」
「ふん。空が好きなのかね」
「ええ、好きなんです。特に今宵のような空は」
「そうか」

ええ、好きなんですよ。



夜空を愛する理由

貴方には分からないのでしょうけれど。


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