野球なんて知らなかった。投げて打って走って、それだけ。プロ野球中継は録画予約を狂わせる、正直うざい番組だと思ってたし、試合なんて見たことも無い。ルールだってもちろん分からなかった。今日だって夏紀ちゃん(高校で始めて出来た同じクラスの友達!)が同じくクラスが一緒の泉くんが好きで、一緒に見てきてお願い!といったからついて来ただけだった。

でも、いつの間にか引き込まれていた。途中からざあざあと降ってきた雨でグラウンドはぐしゃぐしゃで、白かったユニホームが泥で染め上がる。西浦の子が打てば、西浦側の客席は盛り上がるし、相手に有利な展開になるとため息。一喜一憂。グラウンド、応援席全体が一つになって、試合を展開する。特に、いつもバカばかりしている田島くんの真剣な様子とか、おどおどしてる三橋くんがあんな目立つところで堂々としていることにはびっくりした。そして、本当に凄いと思った。

九回。手に汗握る展開に、私も神に祈るように両手を胸の前で握り締めていた。桐青の最後のバッターがバットを構えて三橋くんを見据える。最後まであきらめないぞ、負けてたまるかという気迫が客席まで届いてくる。この気迫のこもった目ににらまれてもなお、対峙していられる三橋くんは本当は強い心の持ち主なんじゃないかと思う。お願い、頑張れ三橋くん!

三橋くんが投げた球はキンッという甲高い音を立てて空高く上がった。外野のほうまで子を描いて、人のいない所へ落ちそうになる。

「だめっ!」
「泉くん!」

その瞬間、泉くんはダイブしてその打球を取った。しかし同時に桐青側のランナーはホームベースに向かって走り出した。

「泉!」

泉くんの近くにいた彼は、泉くんからボールを受け取ると、勢いをつけてそれを投げた。雨が降ってじめじめした空気を切り裂くような白球。そして、中継も無しで、それはホームベース近くで構えられたミットに吸い込まれた。

時間にしたら一瞬だった。だけど、私にはものすごく長い時間が過ぎたように感じた。手を祈るように握って、固唾を呑んで。だから、審判のコールに咄嗟に反応することが出来なかった。でもその瞬間、まるで地響きのような歓声が上がり、あっという間にグラウンドは見えなくなった。周りは立ち上がって、喜びの声を挙げて周りの人と抱き合ったりしている。でも私はなんだか力が抜けてしまったように立ち上がることが出来なかった。横では、「やった!勝った!泉かっこいい!」とかなんとか夏紀ちゃんが騒いでいるが、それが全く耳に残らないほどに、私の頭の中にはさっきの光景が焼きついて離れなかった。真剣な顔をして、力の限りで投げた彼。私の心が美化しているのか。それでも、純粋にかっこいいと思った。

「柚季、大丈夫?なんかあった?」
「ねえ、夏紀ちゃん」
「何?」
「一番最後投げた子、誰?」
「最後…ああ、花井?主将の」
「主将…、下の名前は?」
「花井、えーと梓だったかな。確か千代と同じクラス…てもしかして柚季あんた!」
「花井梓、ね」
「ちょ、柚季!?」

野球なんてどうでもいいと思ってた。あんな汗臭いのにハマる訳ないと思ってたし、私には関係の無い事だとも。野球してる泉くんに一目惚れした夏紀ちゃんの気がしれないと感じてたのに。私はいますごいドキドキしてる。これが夏紀ちゃんみたいな所謂異性への一目惚れなのかはわからないけど、確かに私は花井くんの野球をしてる姿をみてかっこいいと感じていた。



ひと夏の魔法


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