アメリカンな考えダメ、絶対
日曜日、世間は休日だ。 今日は学校も休みで、家族も祖父母はバスツアーで一泊二日。 父も旧友と会うとかで夜まで帰って来ないという家族がいない一日だらだらできる素晴らしい休日。
なのに…
「げ。」 「やあ。」
嗚呼神様、私はなにをしたというのでしょう。 何故近所のコンビニで買い物していたら休日もイケメン氷室辰也に遭遇しなくちゃいけないのでしょうか。
「げ、って失礼だよ。」
「オホホホホ…ご機嫌よう、ではさようなら。」
休日までイケメンを眺める趣味は私にはない。 頼むから休日くらいゆっくりさせてくれ。
適当に挨拶して足早に帰ろうとしたが、氷室くんは背筋が凍るくらいのとてもいい笑顔を見せてコンビニから出ようとする私の肩をミシッと掴んだ。
「待ちなよ。」
「ひいいいぃっ!!」
肩がミシッていったよ! ただ掴まれただけなのにミシッていったよ!? オイルの切れたロボットみたいに振り向くと以前にも見たことがある人を殺せそうな笑顔で私に一言。
「一緒にランチしないか?」
「ただいま…」
「お邪魔します。」
解せぬ…なんで隣人を家にあげているのか私。 ただ一緒に昼ご飯食べたいと言われて「あ、私家で食べるのでサヨナラー」と言い切った筈なのに、このイケメンついてきましたわよ!? そして「なんでついてくるんですか!?」と言わんばかりの視線を送っても人を殺せそう…いや、あの顔は何人も殺ってきた笑顔だ。 そんな顔を私に向けてきたため、拒否を示した瞬間殺されると思ったイエスマンでチキンな私にイケメンを振り払えるわけもなく不覚にも家にあげてしまったわけだ。
「あれ、お家の方は?」
「みんな出かけてる。」
ああそうだよ、年頃の男女が一つ屋根の下で二人っきりですよ! 相手は彼氏でもなんでもないがなぁ!!
でも、こうなったら仕方ない。 さっさと昼ご飯を作り氷室くんには帰って頂こう。 うん、それがいい。
手を洗いソファーに座っている氷室くんに暖かい日本茶を出した私。 一応客としてもてなしてやろう。
「ちょっと待っててね、ささっと作るから。」
「名字さん…料理できたんだ。」
日本茶を飲みながらそう言われた時、生まれて初めて人を本気で殴りたいという衝動に駆られた私であった。
ご飯はコンビニに行く前にセットしたから大丈夫、汁物は昨日作っておいた豚汁あるから大丈夫。 メインは…うーん。簡単に豚肉の生姜焼きと野菜の炒めものでいいか。 あとは漬け物あったからそれも出しておこう。
あれ?なんか意外としっかり作ってる気がするけどまあいいか、そう思ったりもしたが手を動かしサッサと昼ご飯を作る私であった。
温めるものも温め、作るものも作り終え出来たものをリビングまで運んでいると、氷室くんは棚に飾ってある写真をまじまじと眺めていた。
「氷室くん、出来たよ。」
「ああ、ありがとう。」
声をかければ料理を並べた席についてくれる。
「残り物が多いけど、どうぞ召し上がれ。」
「…驚いた。名字さん、料理上手いね。」
まあ本当にしっかりと作ってないけど、味に自信はある。
二人でいただきます、と手を合わせ食べ始めると氷室くんの表情はだんだん明るくなっていた。
「美味い。」
「それはどーも。」
思えば同年代の男の子に料理を作ったのは初めてだ。 いつも作る相手は父と祖父母だから、これだけ美味いを連発して綺麗に食べてくれるのは嬉しいものだ。
しかし進んでいた箸がピタッと止まった。 氷室くんがテーブルの横に飾ってある写真を見ていた。
「この女の人の写真…たくさん飾られているね。」
さっき彼が見ていた棚にある写真もこの写真だったから気になったのだろう。
「ああ…これ、私のお母さん。 私が九つの時に死んじゃったの。」
私の発言に驚いたのか、氷室くんは少し目を見開き少し申し訳なさそうな顔をした。
「…ごめん。」
「ううん、いいの。もう私が小さい時からずっと病気で…小学校に上がった時に治ったはずだったんだけど…また再発しちゃって。 それでそのまま死んじゃったの。」
母を死に至らしめた病とは乳ガンだった。 私が幼稚園の時に発症して手術をし、治療を続けて病状は一度落ち着いたはずだったのだが…肺に転移したのをきっかけに様々な場所に転移してしまい治療も虚しく母は帰らぬ人となってしまった。
「小さい時は悲しいことや寂しいことが多かったし、我慢することも多かったけど幼稚園の運動会とか親子遠足とかきちんと来てくれた。 だから写真もたくさん残ってるし、私の料理スキルはお母さん直伝だよ。」
氷室くんはそれは優しく笑ってくれた。
「それは美味いのも頷けるな。」
その一言が私にはとても嬉しかった。
「…ありがとう。」
二人で昼ご飯を食べ終えると私は食器を洗い、氷室くんは私のアルバムが見たいと言い出したものだから幼少期のアルバムを見せていた。 うん、別に変な写真はないからいいけど…同級生に自分の小さい頃の写真を見られるのは結構恥ずかしい。
食器を洗い終え、食後のお茶を自分と氷室くん用のマグカップを二つソファーに持って行くと氷室くんは私を見てそれはそれは笑っていた。
「なにさ。」
はい、とマグカップを渡しながら尋ねると
「小さい時の名字さん、可愛いね。」
アルバムの写真を指差しながら笑っていた。 なんの写真かと思えば小学生の頃、多分八つくらいの私が小さな包丁を持ちジャガイモの皮むきに格闘している姿だった。 そしてコメント欄にはお母さんの文字でこう書かれていた。
【名前、初めてジャガイモの皮むきに挑戦!ジャガイモの皮むきができなきゃお嫁にいけないぞ!!】
思わず私も笑ってしまった。
「皮むき出来たの?」
「出来たわけないじゃん、皮を分厚くむきすぎてジャガイモがめちゃくちゃ小さくなった。」
二人で笑う。
「そう言えば氷室くんの小さい時ってどんなんだったの?」
「俺かい?普通だったんじゃないかな…?」
「ってか、いつアメリカに行ったの?」
「小学生の時。向こうでも両親は仕事が忙しくて俺もよく一人だったけど…俺にはバスケがあったから。 だから寂しくなかったよ。」
「リングがお揃いの弟さんもその時に会ったの?」
「ああ、そうだよ。」
それからお互いの幼少期の話で盛り上がった。 最初はあんなに帰って欲しいと思っていたのに一緒にご飯を食べて、長々と他愛のない話をした。
リングがお揃いの弟さんタイガくんという名前で私の一つ年下だという。犬が苦手だとか食い意地が物凄いとか… アレックスさんという超ナイスバディーな女の人がバスケの師匠で物凄いキス魔だとか…
そんな話がとても楽しくて、時間が経つのが早く感じた。 だけど夕方にもなれば彼は寮の門限があるとかでそろそろお邪魔するよ、と帰る支度を始めた。
彼が帰る支度をしていると寂しい、って思ってしまった。
昼前に出会ったコンビニまで行けばあとは分かるから、と言われたのでそこまで送る。
「今日は楽しかったよ。」
「私も、来てくれてありがとう。」
「また料理食べたいな。」
「あんな感じでよければ…」
コンビニまでの道中、寂しさのあまり素っ気ない返答になってしまった。 あれ?私、こんなに寂しがり屋だったっけ? 明日も学校行けば会えるのに…
私の家からコンビニまで徒歩五分。 そろそろコンビニに着いてしまう。 夕陽に照らされ私たちの影は長く伸びている。
コンビニもそろそろという時、氷室くんは私の頭に手をおいた。 驚いて氷室くんを見上げれば優しく笑って一撫ですると私の右頬、左頬とチュッと軽い音をたててキスをした。
突然の事で言葉を失い、キスをされたこと(ほっぺだけど彼氏がいない私には大事件)を理解すると顔から火が出る勢いで熱くなった。
「な、な、な、なにするの!!??」
「なに、って…挨拶だよ。」
しれっと涼しい顔で答える氷室くん。
「ここ日本!アメリカンな考えよくない!!」
ワタワタしてると氷室くんは肩を揺らして笑っている。
あーもう、さっきのセンチメンタルな気持ち返せ!!
沸々と湧き上がる怒りを抑えると困ったような笑顔をしてため息をひとつ。
「また明日、学校で会おうね…“名前”」
「え…?」
バイバイ、と手を振り私に背を向けて歩き出す氷室くん。
名前って言ったよね…?
ほっぺにキスされたことといい、名前呼びにされたことといい…男性とお付き合いしたことがない私には刺激が強すぎ、顔から火が出るかと思った。
今度彼に日本の文化についてきちんと教え込もう、そう決意した夕暮れの帰り道だった。
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