頼み事は断れないタイプ


「解せぬ……」


帰宅部、名字名前。
只今午後七時すぎ、学校なう。


なぜ私がこんな時間に学校にいるのか説明しよう。
まずクラスの図書委員の子が風邪で学校を休み、代わりに図書当番をやってくれと担任に言われて引き受けた。それが六時まで。


その後、学年主任に捕まり「あ、名字さんちょっと手伝ってー」と言われ明日の授業で使う世界地図(めちゃくちゃデカい)を離れにある資料室から職員室まで運ばされ、やっと終わったと思ったら今度は担任に捕まった。
その用件がクソ過ぎてもう泣いた。

「教室の鍵閉めわすれちゃったから閉めておいて☆」


おい担任!語尾に☆つけたって可愛くもなんともねぇぞ!!
私に頼む前に自分で行ってくれ、頼むから。


でも日本人はノーと言えない。
かく言う私はかなりのチキンなのでそんな大口たたいたら死にたくなる衝動に駆られるだろう。

だから担任から鍵を預かり、戸締まりと電気がきちんと消してあることを確認して教室のドアを閉めてきた。

なんで今日、私はこんなに人から頼み事をされるのだろう。
そして私、なんで律儀に全部やっているのだろう。


そんなこんなでノーと言えないイエスマン名字名前。
誰か私にノーと言える強い心を下さい。


…それにしても、こんな時間まで残るなんて初めてだ。
七時を過ぎているともなれば部活も終わっている。
もう殆どの生徒が下校しているから学校は暗いし、人の気配など感じられない。

下駄箱まで行き、上履きからローファーに履き替え学校を出る。

やっぱり夜ともなれば少し肌寒い。
体をブルッと震わせ右の方を向いてみれば体育館だけまだ灯りがついていた。

まだどっかの部活が練習でもしているのかな?

どこでなんの部活が活動しているのか全く分からない私は少し興味が出て体育館を覗くことにした。
中学の時も文化系部活動に籍は置いていたが幽霊部員だったため部活動というものを生まれてこの方やったことがない。


体育館に近づくにつれボールが跳ねる音が大きくなってくる。
でも音からして大人数でやっている音はしない。
居残り練習だろうか?

体育館の扉が半分くらい開いていたからそーっと顔を覗かせると私は目を見開いた。

そこには広い体育館で一人、シュートの練習で汗を流している氷室辰也がいたからだ。

ダンスのステップを軽々しく踏むようなドリブル、そこからのシュート。
私、バスケットなんてやったことがないから本当に素人の意見だけど、見ている人を惹き付けるような美しい動き。
すごい…

私が氷室くんに釘付けになっていると、いつの間にか足元にバスケットボールが転がってきた。

「…名字さん?」


ボールの行方を目で追った先に私がいたからだろう、彼は私に気がついた時、目を見開いていた。
確かに帰宅部の隣人がこんな時間に学校にいるだなんて思わないだろう。


「あ…ごめん、練習の邪魔しちゃって。」


「ううん、もう上がろうと思っていたから。」


そう良いながら近くにあったボールの籠に次々とボールをいれていく氷室くん。


「結構遅くまで練習しているんだね。」


「そうだね、今日はもうちょっと練習したくてやっていたんだ。」

うちのバスケ部が強いことはこの学校にいる者であるのなら周知の事実。
練習もめちゃくちゃ厳しいって有名だし、それで更に練習しているだなんて、どんだけストイックなんだ。

ボールを片付け終えたらモップを取り出して体育館の床を掃除しだす氷室くん。

「手伝おうか?」

私が突然そう言い出すと少し驚いたような顔をしていた。

「え、でも…」


「こんな広い体育館、一人で掃除するの大変だよ。」


氷室くん一人でモップがけするとなればそれなりに時間もかかるだろう。
私の提案に彼は笑ってくれた。

「それじゃあお願いしようかな。」

彼の答えを聞きローファーを脱ぎ、体育館に上がる。
靴下だけだとさすがに床の冷たさをダイレクトに感じる。
彼は右と左、両手にモップを持ち、私は一番大きいサイズのモップを一つ持ち二人並んで体育館を行き来しながらモップをかけている。


「それにしても名字さんがいたからびっくりした。」

「私だってこんな時間まで残る予定なかったんだよ…」


秋も深まる頃なのに滴るような汗をかいている隣人は、何故か凄くカッコ良く見えた。
顔が整っている、という意味ではなく、なにかに打ち込む姿がすごくカッコいいんだ。
でもここで私はふと気がついた。
バスケットをしている彼を初めて見たことに。

きっとさっきのシュートみたいに美技を決めてくるのだろうか。
ダンスショーみたいに人を惹き付けるバスケットをするのか。

席は隣だけど私は全然知らない。


「どうしたの?」

穴があくように氷室くんを見ていたからか、彼が私の視線に気がついた。

「バスケットコートにいる氷室くん、初めて見た。」

モップをかけながら歩む速度は止めないが、一瞬時が止まったように思えた。

「バスケやっているのに、そんなこと言われたのは初めてだ。」

「バスケ上手なんだね、凄いや。」

「…そう、かな。」

一瞬表情が曇ったのを私は見逃さなかった。
バスケが上手い、って誉め言葉だよね。
私みたいなド素人に誉められるのは嬉しくないのかな。

でも曇ったのは本当に一瞬で、その後はいつも通りの彼に戻っていた。

体育館を端まで行ったら方向転換をして今まで来た道と逆を行く。
二人きりの体育館には私たちの足音しか響かなかった。


「そう言えばさ、」

「なんだい?」

沈黙に耐えきれなくなった私は前々から疑問に思っていることを尋ねてみた。

「いつもシルバーリングがついてるネックレスしているね、大切なもの?」


今も彼の胸にあるシルバーリングがついたネックレス。
多分、知ってるのはクラスでは私くらいじゃないだろうか。
結構目を凝らして見ないと何気に分からない。
私の質問に彼はとても優しそうに笑った。
今まで見てきた上辺だけの笑顔じゃなくて、本当に心からの笑顔。


「…ああ、とても大切なものだよ。」

「彼女?」

「ううん。アメリカに居た頃に出会った弟との…兄弟の証だ。」


アメリカに居た頃に出会った弟、ということは恐らく血は繋がっていないだろう。
シルバーリングの年期の入りようからして長い間身につけていることは分かる。

きっと本当に…本当に大切なものなのだろう。



「素敵だね。」


「えっ?」


「なんかそういうのいいな、って思うよ。」


「…ありがとう。」



目に見える絆、とてもいいなと思った私は素直にそう伝えた。


「名字さんはいないの?」


「なにが?」


「ボーイフレンド。」


ボーイフレンドって彼氏のことだよね。


「彼氏はいないよー、ってか初恋もまだだし。」


すると氷室くんはああ、と突然真顔になった。


「…だろうね、事ある毎にカエルがひき殺されたような声を出してるし。」


……さっきの感動返せ。
そして私はカエルがひき殺されたような声認識ですかこのイケメン。


「氷室くん、前々から思っていたけど結構失礼だよね。」


「はは、そうかい?名字さん面白いからつい…」


その後、私の怒った声と彼の笑い声が体育館に響き渡っていたことは言うまでもない。


うん、やっぱりこいつは超失礼なイケメンだ。




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