イケメン怖い
アメリカ帰りのイケメン転校生氷室辰也がやってきてから早数日。
彼の隣人である私の感想…イケメン怖い。
まず気になる人にラブレターを渡すという手口…三次元にもあったのかい!! 女子たちからラブレターを貰うことは勿論、この間なんか掃除のおばちゃんからラブレター貰っていた。
女子たちは分かるが掃除のおばちゃんってお前…どんだけストライクゾーン広いんだ?
次にイケメン転校生見たさにクラスの前は大混雑。 お前はパンダか?そして隣人である私に女子たちからグッサグサと鋭利な刃物のような視線が飛んでくる。 あの視線が本当に刃物だったら私、確実に瞬殺ですわ。
最後に前の席の綾ちゃん… あなたはなぜノートを広げて妄想を一心不乱に書き殴っているの!?
最早彼女がなにを書き殴っているのか聞けない…書いているものを聞いた瞬間、私の中でなにか失いそうな気がするの。
もう嫌だ…イケメン怖い。 イケメン怖すぎて不登校になりたい。
そんなイケメンに怯えている今日この頃。 綾ちゃんが昼休みに用事があるとのことなので今日は中庭にてひとりでお昼ご飯。 所謂ぼっち飯である。
陽泉はミッション系の高校であるから建物も洋館。 人通りの少ないこじゃれた中庭は密かにお気に入りの場所だった。
芝生の上に座り、自分で作った弁当をつつく。 うん、昨日の夕飯の残りが多いけど煮物とか味が染みていてなかなか美味だ。 下手したら昨日より美味しいかもしれない。
もぐもぐと口を動かしていると、どこからか突然声が聞こえた。
「好きです、付き合って下さい。」
思わず盛大に咽せた。
な、な、な…!? まさかの告白するところに遭遇!? 私の体を隠せそうなちょうどいい木があったので、木の影から告白現場をそろーっと覗くと…
「ごめんね、気持ちは嬉しいんだけど付き合えないや。」
私の隣人氷室辰也がそれはそれは可愛い女子から告白されてるのをバッサリ断っている光景であった。
思わずな展開にあんぐり口を開ける私。 そして泣きながら氷室辰也の前から立ち去る女子。 その光景を少し困ったような笑顔で見送る氷室辰也。
なにこれ、どうしてこうなった。
気まずすぎのあまり弁当をしまい、音もなく立ち去ろうとしたその時だった。
「あれ…名字さん?」
氷室辰也が私のことに気がついただと…? イケメンは透視能力も持ち合わせているのか? もういやだ、このイケメン怖すぎる。
私がどぎまぎしていると氷室辰也はニコッと微笑み私の横に腰をおろした。
「もしかして…聞いていた?」
聞いていた(というか聞きたくもないのに聞こえてきた)ことは事実だし、ここは嘘をつく場面でもないと判断した私はコクンとひとつ頷く。
「お弁当食べていたら聞こえてきて…別に聞こうと思って聞いたわけじゃないから。」
「…そっか。」
このイケメンはまた綺麗に笑う。
…そう言えば私、目の前にいる隣人の笑顔以外の表情を見たことないかもしれない。
集まってくる女子にも、手紙を貰う時も、クラスにいる時も彼は常に笑っている。 笑っている、と言っても大声を張り上げて笑うことなどなく、とても静かに笑っている。
よく言えば上品に笑っている。 悪く言えば心から笑ってなどいない。 そんな印象を私は持っている。
…まあ隣の席にいるくせに喋ったことなど片手で数えられるくらいしかないから彼のことなどなんにも知らないけどね。
タンブラーを開けてお茶をすするが氷室辰也は一向に私の前から姿を消そうとせず、そのまま私の隣に座っている。
「…………。」 「…………。」
そしてこの沈黙である。
私たちクラスでも隣の席なのにこうも会話もないとは私は深刻なコミュ力不足なのだろうか、はたまた氷室辰也に嫌われているのだろうか。
このイケメンについて私はなにも知らないし、会話も思いつかないから自分のカバンをガサゴソと漁り飴玉を二つ取り出し彼の手の上に乗せてやる。
「え?」
目をぱちくりさせて私を見つめる氷室辰也。 あ、ちょっと驚いている。 初めて笑顔以外の表情を見た。
「飴…きらい?」
「いいや好きだよ、くれるの?ありがとう。」
あ…でもまた笑顔に戻った。
うーん…意外と本心は人に見せないタイプか? まあ誰にでも本心本音フルオープンなのも如何なものかと思うけど結構警戒心強いタイプなのかな?
「名字さん、どうかしたの?」
「いや、氷室くんって…もしかして警戒心強いタイプ?」
「え?」
うわっやっべ、私…なに言ってんだよ! いきなり警戒心強いとか聞かれたら反応に困るやん!! ってか現にイケメン困ってるよ! なに言ってんだコイツと言わんばかりの表情してるよこれ!!
いてもたってもいられなくなった私は荷物をまとめて勢いよく立ち上がり
「ご…ごめん!またあとで授業でね!!」
駆け足でその場を立ち去ろうとした。
「あ、名字さんーっ!?」
私を呼び止めるイケメン。 ごめんよ、私は深刻なコミュ力不足だった。 気まずい空気の中、居座り続けられる強靭なメンタルなど持ち合わせていないのだよ。
「足元!」
へ?足元??
イケメンに呼び止められて足元を見てみると木の根っこがボコっと盛り上がっているではないか。 これって…
もしかして:私 転ぶ
気づいた時には既に遅し。 私はド派手に木の根っこに躓き
「ぎゃんっ!!」
顔面地面に直撃しました。
痛い、めちゃくちゃ痛い。 なんか鼻打った。 痛む鼻を抑えると手に赤い液体がつく。 え?コレって鼻血…?
「だ…大丈夫?」
「うん、ありがとう…保健室行けば大丈…ぶ」
次の瞬間、私は怒りを覚えた。 このイケメン、大丈夫かと聞いてくれたからなんて紳士なんだと思ったけど、そんなことなかった。
顔背けて声殺してめっちゃ笑ってます!
「…ごめん。名字さん凄い声出すし、コメディみたいな転び方するし…ククッ」
派手に転ぶわ、色気ない叫び声だわ、鼻血ふくわ、しかもそれを同じクラスのイケメンに見られて笑われるわ…最悪である。 女のプライドずたぼろだ。
「あ、うん。とりあえず私は保健室行くわ。」
「俺もついて行くよ。」
「いえ、一人で大丈夫…」
「は?」
なにこいつ…一瞬で殺気満々の笑顔になりましたけど!?
これはアカンやつだ。 イケメンに逆うなと体中が警報を鳴らしている。
「お、オネガイシマス…」
「うん、一緒に行こうか。」
甘いマスクのイケメン…
どうやらただのイケメンではないそうです。
やっぱりイケメン怖い…
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