その後の私たち(2月14日)


「名前ちゃん、今日はバレンタインだよ!!」

「そーですね。」

「もうっ!反応薄いぞっ!!」

「いや、私が普通だと思うけど逆になんで綾ちゃんはそんなにテンション高いのかな?」

「言っておくけど私が普通だからね!名前ちゃん一応彼氏持ちなんだからバレンタインとかちゃんとあげるんでしょ?」

「あー…あげたい気持ちは山々なんだけどねぇ…」


2月14日、この日の学校は朝から甘いチョコレートの匂いが漂っている。
そう、バレンタインデーというやつだ。
女子はドキドキ、男子はそわそわ。
私も先月からお付き合いを始めた男の子がいるのでバレンタインデーのプレゼントを渡したいと思っているのだが…その男の子が有り得ないくらいモテモテなので渡すタイミングを完璧に失っている。
というかまず近づけない。

「あー…まあ確かにあれには近づけないね。」

「でしょ?」

綾ちゃんと視線を教室前の廊下へ移すと、そこは女の子の集団。
そしてその真ん中にいるのが私の席の隣人で彼氏でもある氷室辰也だ。
氷室くんを囲む女の子の量の凄さといったら、まるでスキャンダルをした人気芸能人のコメントを求めに揉みくちゃにしているマスコミのようだ。
ってかあそこまで女の子に囲まれてるといっそのこと清々しいな。
お前どこまで漫画みたいにモテるんだよ、って。

「名前ちゃん、氷室くん助けなくていいの?
氷室くん、あれじゃあ何時まで経っても教室にたどり着けないよ。」

「いつも私を散々弄り倒しているツケだと思うから助けてあげない。」

「まさかの真顔でバッサリ助けない宣言!?」

氷室くんと付き合い始めて私の生活が変わったか…、といえば答えはNOだ。
前の関係に戻った、と言った方が正しいかもしれない。
でも付き合っていることを周囲に隠しているワケでもないし、私のクラスの人達は全員私と氷室くんが付き合っているのを知っている。(でもクラスメイトの殆どの反応が「お前らやっとくっついたのかよ」とか「全く話さなくなっていた時、本当にどうなるんだよと思った」と特別驚かれるわけでもなかったことに私が一番驚いた。)

そんな全世界の女子を魅了する美貌の持ち主の氷室くんは周りからは紳士的で優しくて…それはまるで絵本から脱け出してきた王子様のようで彼女になれて羨ましいと、言われたこともあった。
だけど私は声を大にして言いたい。

コイツめっちゃSだぜ?

私がお菓子を食べてたらその横でカロリーを読み上げていく言葉の暴力、私が机に突っ伏して寝ていたら鼻を摘まんで「ズゴッ」となる私を見て笑う鬼畜の諸行、この間は英語の授業で寝ていたら当てられて氷室くんが33ページだよ、と呟くからその通りに33ページを読んだら読まなきゃいけなかったページは全く違うページで大恥かいた。
嘘を教えるなんて酷い、って授業が終わった後、氷室くんに抗議をしたんだけど…なんて言ったと思う?

「教えて、とも言われてないし俺はただ独り言を言っていただけだよ。勝手に信じたのは名前じゃないか。授業中ぼーっとしていちゃダメだよ。」

これは畜生、ぐうの音も出ない畜生ですわ。

「はは、都合のいい時だけ助けてやろうとかそんないい話なんかないよ。」

「へぇー…名前は困っている人を見ても助けてくれないんだ。」

「へ!?」

背後から宜しくない雰囲気を察する。
ゆっくりと後ろを振り返るとそこには笑顔が素敵なことになっている氷室くんがいて私と目が合うなり私の頭をガバッと鷲掴みギギギギギ、とそのまま力を込めるではないか。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」

「困っている人を助けてくれない名前が悪いかな。」

「理不尽っ!暴力よくない!!」

ははは、本当に王子様(笑)ですよね。
これが彼女の扱いですぜ…解せぬ。


でも氷室くんは本当にモテる。
バスケ部の方も三年の先輩が引退をして氷室くんがキャプテンになることも決まり…バスケ部の方は益々忙しくなってるし、休日なんか殆どない。
だから一緒にいられる時間だなんて氷室くんが教室にいる時間だけ、一緒に帰ることもなければ、どこかへ出かけるようなこともない…というか、彼にそんな暇なんかない。
寂しくない、といったら…どうなのかな。寂しいのかもしれないけど…よく分からない。

放課後、氷室くんはいつも通り体育館へ向かう。責任感も強くて誰よりもストイックな彼のことだから主将の仕事も一切手を抜かずにやっているのだろう。
綾ちゃんも今日は部活があるとかで教室を出て行ってしまった。
そして私は…未だに渡せていないバレンタインのプレゼントを持ってただ一人教室にポツンといる。
結局、氷室くんに渡すタイミングを見失って今に至る。
…本当に馬鹿みたいだ。
盛大なため息をついて机に突っ伏すと教室の外から数名の女子の声が聞こえてきた。

「やっぱ氷室先輩にチョコ渡せなかったよー」

「ってかやっぱあの先輩、モテるよねー…」

「でも彼女がいるんでしょ?」

「あー知ってる!やっぱあの噂本当だったんだ〜ショック!」

聞くからにして一年生の女の子か。
うん…氷室くんにチョコ渡せなかったのは渡せなかったのは私も一緒だよ。

「氷室先輩の彼女って誰だろう?」

「あの手芸部のめっちゃ可愛い先輩じゃない?よく一緒に話してるの見かけるし!」

「あー知ってる!鈴木先輩でしょ!」

「鈴木先輩めっちゃ可愛いもんね〜…鈴木先輩なら氷室先輩とお似合いって感じ!」

だよねー、と女子たちは声を揃え私の教室から遠ざかっていく。

一方の私はグサッと心臓をナイフで刺されたような痛みを味わっていた。

綾ちゃんが氷室くんの彼女に思われてるし…
でも、それもそうか。氷室くんくらいイケメンになると釣り合うのは綾ちゃんくらいの美女じゃないといけないよね、私なんて平々凡々だもん。

付き合い始めた頃、バスケ部の先輩にも「氷室、鈴木と付き合い始めたのか?鈴木、ウインターカップ来てたしな」と聞かれてるのも見かけたこともある。
その後、氷室くんが「鈴木さんじゃありませんよ、名字さんです。」ってすぐに訂正してくれたけど…先輩はびっくりしていたよね。

やっぱり周りにはそう見られているのかな。
むしろよく氷室くんの隣にいられるよな、と思うと変な劣等感を感じてしまい益々気が重くなる。
未だに渡せてないラッピングされたプレゼントを眺めると劣等感をひしひしと感じている自分が情けなくなり動く気力すらなくしてしまった私はいつの間にか眠りについていて、次に目を覚ました時はどっぷり日も暮れて最終下校時刻の19時を過ぎた時間であった。

ないわ、不貞寝とかないわ…

私はコートを着てマフラーを巻き生徒玄関へ向かう。
自分の靴を取り、ふと氷室くんの下駄箱を見るとまだ彼の靴があったことから校内にいることはすぐに分かった。
前にもこんなことがあったかもしれない、と思い靴を履き替えて体育館へ向かってみると灯りはまだついていて、誰かがいる気配を感じた。
そっと体育館の扉から顔をのぞかせると…今一番会いたかった人がただ一人シュート練習をしていたのだ。
その人は背後に気配を感じたからか、振り返ると驚いた様子で私を見ていた。

「名前…?まだ学校にいたの?」

誰もいない体育館は広く感じて彼の声が響いていた。

「あ、うん…寝ちゃったというか…寝てたらどっぷりこんな時間になったというか。」

まあ理由は不貞寝だけど、というのは伏せる。
すると氷室くんは困ったようにため息をつき私に近寄る。

「寝てたって…もうこんな時間だし家につくのが遅くなるだろ?
もう練習も切り上げようと思ってたし俺が送ってくから少し…」

「いいよ、一人で帰れるからさ。」

送っていく、と言おうとしたであろう彼の言葉を遮りどうせこのタイミングでしか渡せないだろう、と思った私は小さな紙袋をずいっと氷室くんの前に出した。

「あと、これずっと渡せなかったから…はい。」

どうせ私から貰わなくたって沢山貰っているだろうけどね…そんなひねくれたことを思ってしまうのだ。つくづく私は可愛げない。

今日の私はひねくれてる。
自分でもどうかしてるなと思うから、めんどくさいと思われる前に帰ろう。
渡すものは渡せたんだし、と回れ右をして帰ろうとしたその時だった。

私のおでこに彼の右手が伸び、そのまま軽くビシッとデコピンをされたのだ。

「いたっ!!」

「…本当に名前はバカだね。」

なに?なんでデコピンされているの私!
あまりにも理不尽だと思って氷室くんの顔を見たその時だった。

「やっと俺の顔を見た。」

その声はとても優しくて私を映す瞳も愛おしいものを見るような柔らかい瞳をしていた。
氷室くんの予想外な表情に呆気にとられていると彼は困ったように笑っていた。

「…なにを考えていたか分からないけど、俺はもっと色んな名前を見たいよ。」

「え?」

「名前は強がりだから我が儘を言わないし、弱音も言わない。
人から頼まれ事を受けてもノーが言えないイエスマンだから、名前に我が儘を言わせたいとも思うし…なにかあったら俺に言ってくれるようになったらいいなって思う。」

「氷室くん…」

「あと、恋人らしくキスしたいとも普通に思ってるよ。」

「ふぁっ!?き、き、キス!?」

思わぬ爆弾発言に声が裏返ると、クツクツと肩を揺らして氷室くんが笑う。

「キスって単語だけで赤くなるうちはまだしないよ。」

「…からかった?」

「ごめん、からかってないさ。
…でもいつかキスしたいってのは本当だよ。」

私の頭に手を置きそっと撫でる。

「あの時、俺を助けてくれた名前だから大切にしたいって思う…傷つけたくないしね。」

「普段あんなに意地悪ばっかりなのに?」

「それは愛情の裏返し、ってやつかな?それとも名前はお姫様扱いがされたいのかな?」

「いや、今更お姫様扱いはいいや。私をお姫様扱いしてくる氷室くんなんか見ちゃったら吹き出して笑っちゃいそうだし…」

「だろ?」

二人で顔を見合わせて笑う。

「俺は自分らしくありたい。
無理に背伸びをする必要も取り繕うこともしなくていいと思ってる。
名前だから俺は好きなんだしね。」

「…すごいストレートな愛情表現。」

「思ってることを言っただけだよ。」

でも、なんでだろう。
さっきまでもやもやしていた私の心は氷室くんの言葉によって晴れていく気がする。
無理して背伸びをしないで、自分らしく…私だから好きだという言葉がたまらなく嬉しいんだ。

「氷室くん…ありがとう。」


氷室くんにそう笑いかければ彼もにっこりと笑ってくれる。

「俺もありがとう。」





私たちはまだまだ始まったばかり。
これから楽しいこと、嬉しいこと、悲しいことや辛いこと…たくさんあると思うけど私たちは私たちのペースで歩けばいいんだ。
そして一緒に大人になっていければいいな。


これは私と彼が付き合いたての頃の…ある日の話だった。













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