スノードーム


あの試合を見届けた後、私はすぐに秋田へ帰った。
綾ちゃんはまだ東京で年末にイベントがあるとかで残ったけど、綾ちゃんにウィンターカップへ連れて行って貰えたことで私は氷室くんにリングを返すことが出来た。
氷室くんもすっきりとした顔をしていたし、いい結果に終わったんじゃないのかなって思う。

本当に綾ちゃんにはいくらお礼を言っても言い足りないくらいである。

そして気がついたら年も明け、いつもの日常に戻る。
まだまだ冬休みも真っ只中だけどね。

冬休みの朝、まだ陽は昇らない。
暖かい布団で眠っていた時、突然携帯電話が着信音を鳴らし震え出したのだ。
いきなりの音と振動に飛び起きた私はハッキリしない頭で誰からの着信かも確認しないまま電話をとった。

「もしもし…?」

寝起きの声は舌足らずで一体こんな朝早くに誰だよ、と心の中では電話をしてきた相手に辛辣な言葉しか投げられなかった。

『おはよう、もしかして寝ていた?』

とても覚えのある声が聞こえた。

「えっ…?ひむろ、くん?」

『そうだよ、ウィンターカップ以来だね。』

「あれ、こんなに朝早くどうしたの?」

『今し方、こっちに帰って来てさ…』

「え!?秋田に帰って来たの!?」

『バスで帰って来たからね、またすぐ用事もあるし今からちょっと会えないかな?』

「しかも今!?」

『名前の家の近くの公園で待ってるから…出来るだけ早く来てくれよ、じゃあね。』

「え、あっ…ちょ!」

…切られた。
ちょっと呼び出すにしたって時間というものを考えてくれないんですかね、あのイケメン…
相変わらずYES or はい の答えと呼べない答えしか許してくれない破天荒ぶりである。
でも、なんだか懐かしい。
そう思えるくらい私たちは遠かった。
よし、氷室くんも待ってることだしさっさと公園まで行くか。

布団から飛び出した私はその辺にあった服に着替えコートを羽織り雑にマフラーを巻いたら家を飛び出した。

昨日の夜は雪が降らなかったけど、雪はそれなりに積もっている。
滑って転ばない程度に急ぎ足で指定された公園へ向かうと大きな荷物を一つ持った氷室くんがそこにいた。

「氷室くん…」

朝日は今、顔を覗かせ始めていて朝焼けに照らされる彼はなんとも言えず絵になった。

「ただいま。」

「…おかえり。」

ゆっくりと歩みを進め彼の目の前に近寄るなり、氷室くんはブッと軽く吹き出した。

「な、なに…?」

「いや、名前…寝癖すごいし鼻も真っ赤になってる。」

「いきなり呼び出して今すぐ来いとか言った張本人がそんなこと言っちゃう?
私、今まで寝ていたんですけど!」

「ああ、そうだったね。ごめんね。」

笑いながら謝罪をする彼だが、本気で謝っていないことくらいすぐに分かった。
でも…なんだかこの空気が懐かしい。

「ウィンターカップ…お疲れ様、見に行けてよかったよ。」

一言告げると氷室くんは優しく笑ってくれる。

「ありがとう。そういえば…ウィンターカップは誠凛が優勝したよ。」

「誠凛ってタイガくんがいるところの…?」

「そう。決勝戦、俺も見たけどタイガはやっぱり凄かった。弟に祝福が出来て…嬉しかった。」

“弟”

栄冠を勝ち取ったタイガくんを心から祝福したのだろう。
彼の顔は本当に穏やかで今まで私が見てきた曇った表情なんか微塵も感じさせなかった。

その顔に私も嬉しくなって一緒になって笑ってしまった。

「やっぱり私が言った通りだったでしょ?」

「ああ、簡単に切れる絆なんかじゃなかった。
どうやらタイガもあの時の試合の前にチームメイトにリングを捨ててくれって渡したらしいし…」

「なんだそりゃ、二人して同じことしてたの?」

「全くだ…本当に、後で聞いて笑っちゃったよ。」

二人で肩を揺らして笑う。
本当に血は繋がっていないのにやっていることが全く一緒とか…
でも…だからこそ思う。本当にこの二人の絆が切れなくて良かった、って。

「ウィンターカップの話もしたいけど、今日は名前に言いたいことがあったんだ。」

「そう言えば試合の後、そんなこと言っていたね。」

「…だけどその前に、名前に渡したいものがある。」

手を出してくれないか?と言われたので言われるがまま私は手を出した。
すると彼はポケットからなにかを取り出して、それを私の手の上に置いたのだ。

「これ…」

氷室くんに渡されたものをまじまじと眺める。

「これを名前にどうしても渡したくて。」

彼が私にくれたもの。それは…

「スノードーム…」

小さなサイズのスノードーム。
中には可愛らしい雪だるまが入っていて、振ると雪に見立てたパウダーが閉じられた世界の中でキラキラと舞っている。

「ちょっと遅めのクリスマスプレゼントと…お礼とお詫びだ。」

「なんか色々意味があるね。」

「あと、その雪だるま…名前に似ている。」

「おい、それが本音か?そして明らかに雪だるまの体型を見て判断したでしょ。」

「ごめん、冗談だよ。」

このイケメンは本当に失礼である。
でもこうして話していると前に戻ったんだな、と私も思うことができる。
そう思えてしまう私はもしかしたら重傷なのかもしれない。

「…名前。」

また彼が名前を呼んでくれた。
でもその声色はいつもみたいに冗談を言うような声ではなかった。
なに?、そう言おうとして顔を上げたその時だった。

私の右腕を強く引っ張り、自分の方に引き寄せる。
そう、私は氷室くんに抱きしめられたのだ。

「ひ、むろ…くん?」

あまりに突然すぎて思考回路が追いつかない。

「名前の顔を見たら…素直に言えないと思ったから。
ごめん、少しだけこのまま聞いてくれないか?」

ぎゅっと私を抱き締める腕が強まる。
いつも聞いている綺麗な声がすぐ耳元に聞こえ、彼の腕の中にすっぽりと収まっている私はこくんと静かに頷くことしかできなかった。

「俺にはずっと…醜い嫉妬しかなかった。
本当にバスケが好きだから、いつも一緒にいたタイガの才能には気づいていたし、認めたくもなかった。
認めたら…自分がそこまでであることを認めることになってしまうから。」

「うん…。」

「それがどうしようもなく辛くて、なんで本当に欲しいものは手に入らないだろうって、ずっと思っていたし憎しみの矛先を向ける相手すら見つけられなかった俺は醜い嫉妬を自分の中にしまい込んだんだ。
でも…やっぱり自己完結できるほど大人じゃなくて、その結果君に当たってしまった。
本当に…ごめん。」

いつもより少し低い声でそう言った彼は本当に苦しんできたのだと察することができた。

「でも本気でタイガと戦えて、絶対的才能を持つキセキの世代がいるチームでプレーができて…本当に良かった。
今まで才能がある人間に嫉妬しかなかった俺がそう思えたのはなんでだと思う?」

「…どうして?」

「君のおかげだからだよ。」

わたし…?
思わずドキリとする。
でも抱き締められている私は氷室くんの顔を見ることが出来ない。

「タイガがゾーンに入って…全く歯が立たないと察してしまった時に声をくれた、捨てろって言ったのにあのリングを大切に持っていてくれた…でも、なにより俺のバスケを好きだと言ってくれた。
そのことがなにより俺の救いになったんだ。
才能に選ばれなかった俺だけど…まだコートに立てると思えた。
だから、ありがとう。俺は名前に出会えて本当に良かった。」

そうして彼は腕の力を緩め私を解放した。
男の子に初めて抱き締められた私は顔を赤らめる間もなく氷室くんの言葉を聞いていたのだ。

「これが俺の伝えたかったこと。ずっと名前に言いたかったことだよ。」

「あ、うん…」

「…なんか呆然としているね。」

「だって、なんか私に出会えて良かったとかなんか告白みたいで…」

私の言葉を聞くなり氷室くんは可哀想なものを見る目で私を見るではないか。

「名前って…バカなのかい?」

「ひっどい!ついにバカ呼ばわり!?」

「いや、ここまで分かりやすくいったつもりなのに…参ったなあ。」

いやいやいや、参ったのは私の方だよ!
さっきまでのいい雰囲気返せ!
やっぱり氷室くんは超絶失礼なヤツだ!!

「でも…そんな名前だから俺はずっと…そう思っていたのかもしれない。」

「え?」

「俺は名前のことが…」


その後に続く言葉を聞いた瞬間、本当に私の中の時が止まった。
いよいよ信じられない、と私は目を見開いて氷室くんを見つめてしまったではないか。

「これで分かったかな?」

分かった、というより…衝撃、と言った方が近い。

「う、うそ…」

「嘘じゃないよ。それとも名前は嫌いなやつを抱き締めることが出来るのかい?」

「いやいや、そうじゃないけどさ…」

「ってことは大人しく抱き締められていた名前は嫌ではなかったってことかな?」

「だからYESとしか言えないように外堀から埋めないでって!」

「じゃあ名前は俺が嫌いなのかい?」

うぐっ…あざとい…
困ったように首を傾げやがったこのイケメン!

「だから私はー……」




私の右手には彼から貰ったスノードームが握りしめられている。

私はまだこの感情に名前をつけられるほど大人じゃないけど、氷室くんの笑顔を見て嬉しいと思うし、傍にいて彼を見ていたいとも思う。

きっと長い間、彼に降り注いでいた嫉妬という黒い雪はもう止んだだろう。
人の痛みを知る彼は誰よりも強い。
だから私は願う、あなたが進む道が幸せでありますように…と。



私が声に出した答えに氷室くんは笑う。

そんな様子を朝日に照らされたスノードームは美しくも閉じられた世界を作りながら見ているような気がした。







氷室辰也 夢連載

『snow dome』


おわり


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