光になれなかった俺だけど


どうして俺じゃなかったんだろう。

俺の方が先にバスケを始めて、俺の方がバスケを好きなのに…

どうしてアイツだったんだろう。


陽炎のシュートも破られ、ゾーンに入ったタイガには、もう手がつけられない。
今のタイガは同じくゾーンに入った者じゃなくては止められない。
つまりそれは選ばれなかった俺の敗北を決定付けるものであった。

分かっていたけど、分かっていたけど…こんなにも辛いのか。

今まで渦巻いていた“光”への醜い嫉妬もここに来て嘘のように鎮まり返っている。
でもコートに響く雑音が遠く聞こえる中、俺の中で一人の声が響いたんだ。

「負けるな、氷室っ!!」

久々に聞いたその声は凛として真っ直ぐで多くの観客の中からすぐに見つけられるくらい俺の中に響いたんだ。

「名前…」

普段大声をあげることのない名前が俺にくれた声援は、きっと彼女の中で精一杯のものだったんだろう。

客席とコート、距離は凄くあるはずなのに名前とすぐそばにいるような感覚に陥った。

“リングを捨てるまで俺の前に姿を現さないでくれ”

自分の弱さと醜い嫉妬から名前に酷いことを言ってしまったのに、秋田から遠く離れた東京にまで来てくれたことには本当に驚いた。
それと同時に嬉しかったんだ。

“私、氷室くんがバスケをしているところ好きだよ”

純粋に真っ直ぐこんな俺のバスケが好きだと言ってくれたことが。

「そもそも室ちんなんてオレより火神に歯が立たないじゃん。才能が違うって分からないの?」

勝負を投げようとしたアツシに一発を入れた後、言われたこの言葉。
いよいよ現実を突き付けられた時、俺の心は不思議と凪いでいたんだ。

「…わかってるよ。そんなことは…」

一番認めたくなかったことを認めなきゃいけなくなった時、今まで心に降り注いでいた黒い感情がピタリと止んだ気がした。

「ずっと…ずっと火神(アイツ)の才能に嫉妬してきたんだからな…」

小さい時から感じていた絶対的な差、決して縮まることのないタイガとの距離。

「なのに…俺がノドから手が出るほど欲しているものを持ってるお前があっさり勝負を投げようとしている。
怒りで気がヘンになるぜいいかげん…!」

喜びや楽しさ、悔しさや絶望、不公平さ…バスケは俺に色々なことを教えてくれた。


だから…選ばれなかった俺だけど、光になれなかった俺だけどどこまで光に近づけるのか。
俺とタイガとの戦いは俺の負けでいい。
だけど…この戦いは陽泉(俺達)が勝つ!!
アツシという絶対の才能を際立たせることは出来る。

そう信じて最後まで諦めなかった。

けど…


試合終了を知らせるブザーが鳴り響く。
最後にタイガは今まで見たこともないダンクを決め、アツシは今までの負荷が膝にかかり飛べなくなっていた。

そう、俺達は負けたんだ。

「負けたよ…タイガ、約束通りもう俺は兄とは名乗らない。」
「ああ、分かったよ。」

最後の整列でタイガにそう伝えれば今まで数年間溜まり続けていたものが一気に軽くなった気がした。

これでいいんだ、これで…

自分に言い聞かせてメインアリーナを出て通路に出た時だった。

「名前…」

よく知る人物がそこにいた。

「お疲れ様。」

まだ主将たちが来ていないから少しは話せるだろう。
俺は名前の近くに寄った。

「名前、俺…」

なにを言う?
あんなに当たり散らしたのに、己の醜い嫉妬をぶつけたのに。
言葉に詰まり視線を逸らす俺に名前は困ったように笑う。

「氷室くんが思っていることはもういいよ。それより…」

彼女はコートのポケットからタイガとの兄弟の証であるリングを目の前に出してきた。

「名前、これ…」

「やっぱりこれは氷室くんが持っていなくちゃいけないものだと思う。」

でも俺は先程タイガにもう兄とは名乗らない、と宣言をしてしまった。
だから名前の手からリングを取るに取れなかった。
そんな俺を見ていた名前は優しい声色で俺の名前を呼んだ。

「タイガくんも…きっと同じ気持ちだと思うよ。」

「え?」

「兄弟をやめる、と言っただけで簡単に切れるような絆じゃないでしょ。
それにタイガくんは…貴方をライバルとして見ていた。」

試合を見ていて感じたんだけどね、と彼女は更に言葉を続ける。

「氷室くんが欲しかったものは手に入れることができないものだけど…それでも自分に負けないでコートに立ち続ける氷室くんは誰よりも強いよ。
やっぱり私、氷室くんのバスケが好きだな。」

確かに俺は光になれなかった。
選ばれなかった人間だ。
でも名前がそう言ってくれることが救いだったんだ。

俺は名前の手からリングを受け取り、いつも通り首にかける。

「氷室くん…」

「今日はあまり話せなくてごめんね、だけど…俺が秋田(そっち)に帰ったらまた話の続きをさせてくれないか?」

「…うん、待ってる。」

一言そう答えるなり名前は俺に背中を向けて歩き出した。
そういえば鈴木さんも一緒に来ていたのが見えた。
きっと鈴木さんのところに行くのかな。


今は不思議と晴れやかな気分だ。
さっきの試合で今までの感情をぶつけて晒したからだろうか。
いや、きっと…名前が照らしてくれたからだ。
この醜い嫉妬を許容して受け止めてくれたからだ。

ずっと名前のことが好きだから怖かったけど、今は不思議と暖かい。

これからなにをすればいいのか、それはきっとこのリングが導いてくれるだろう。

ウィンターカップが終わってそっちに帰ったら名前と話をしよう。

そして伝えるんだ。


傷つけたことに対する謝罪、タイガのこと。





でも一番伝えたいことは…





ー名前、ありがとうー









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