負けるな!
「ホントに日本の女子はキュートだなあ…」
「名前ちゃんどうしよう、金髪美女が私を見つめてる!私、凄く幸せ!!」
「あ、うん…ヨカッタネー」
なんてこったい、どうしてこうなった。
ウィンターカップ準々決勝、東京の誠凛高校と陽泉高校の試合に来た私と綾ちゃんであるが会場に入場するなりアレックスさんとバッタリ遭遇した。 昨日のシリアスムードとは打って変わり気さくにアレックスさんが話しかけてきてくれたのだが、綾ちゃんはアレックスさんを見るなり「なにあの美女…イケメン…」とアレックスさんの抜群のプロポーションを舐め回すように眺めていたのだ。
「お?名前、隣の子は友達かい?」
「はい、彼女も私と氷室くんと同じクラスの「鈴木綾です!!よろしくお願いします!!」
おい、私の台詞取んないでよ。
「私はアレクサンドリア・ガルシアだ、よろしくな。」
「は、はい…アレックスさん!!はあ〜金髪碧眼、お綺麗ですね…」
ちょっと綾ちゃん近い近い、アレックスさんもびっくりするだろう。 その時はそう思っていた私だったのだが…
「日本の女子はキュートだなあ。」
綾ちゃんの肩に手を回した彼女は綾ちゃんを引き寄せた。 そしてそのまま熱いベーゼを交わすではないか。
さすがに引いた。これにはドン引きした。 東京体育館の通路で熱いベーゼを交わしているのはいい見せ物だ。周りの人もギョッとしてるだろ、いい加減にしてくれ。 激しく他人のフリをしたかったが、友人は目がキラキラしている。
「名前ちゃん、金髪美女にちゅーされた!どうしよう…新たな扉開けそう!!」
「これ以上扉を開くな!!」
そして冒頭に至る。
ウィンターカップ準々決勝第二試合、陽泉高校対誠凛高校。 特に誰と見るとも約束をしていなかった私たちはアレックスさんと観戦することになった。 座席には座らず、客席後ろの通路で手摺に寄りかかって見ることになった。 流石に準々決勝ともなると応援や観客数が一気に増えている気がする。
「誠凛…創部二年目でここまで来るとか凄いんだね。」
綾ちゃんがパンフレットを見ながら呟くとアレックスさんはそうだな、と溜め息をつく。
さすが準々決勝でカメラマンもいれば、会場の雰囲気というのもかなり熱い。
「誠凛の10番がタイガくんですか?」
コートに入場してくる選手たちの中で氷室くんの写真で見たことのある面影を見つけた私はアレックスさんに尋ねた。
「そうだ。」
氷室くんは特別な思いでこの戦いを迎えたんだろう。 遠目から見ても彼のピリピリとした空気が伝わる。 一体、どんな試合になるんだろう…
そうして始まった陽泉と誠凛の試合。 昨日、陽泉の試合を見ていた私たちだけどその守りの力は凄くて…最初に18点差にまで引き離したのには息を呑んだ。 でもボールが消えるシュート、誠凛7番の執念のリバウンド…誠凛5番のパスもすごかった。どこまで見えているのだろうか。 誠凛も必死に追いつく。 でも一番気になるのは…
「氷室くん…」
タイガくんとの戦いで殺気立っているのがここまで伝わる。
第3クォーターで紫原くんがゴールを倒したり、ゴール下から動かなかった紫原くんが攻撃に参加して目が離せない戦いになってきた。 誠凛の7番も倒れたし…本当にどうなるの?
目の前で繰り広げられる激戦に私も綾ちゃんも言葉を出すことが出来なかった。
タイガくんもなんか素人目だから上手く言えないけど一人で空回りをしている感じがする。
でも第4クォーター。タイガくんの様子が明らかに違うのはすぐに分かった。
「なんかタイガくん、様子が違うね。」
綾ちゃんも口を開く。
「うん…極限状態に入ったって感じ。」
コートで圧倒的な威圧感、紫原くんを止め、スリーポイントシュートを決め、氷室くんのシュートまでも止めた彼は文字通り誰にも止められなかった。
「綾、名前…。あれがバスケの才能に愛されたものだけが入れる極限状態だ。」
あれが、才能…。 選ばれた者だけが入れる扉。
タイガくんに止められ抜かれた氷室くんは、ただタイガくんのボールの放物線を眺めることしか出来なかった。
自分には絶対に手に入らないもの、しかも一番欲しかったものが手に入らない虚しさ。 なにをやったって敵わない辛さ。 そのことを分かっていても彼はバスケを心から愛しているからコートに立ち続けるんだ。
でも私は…彼のその泥臭い姿が好きなんだ。 選ばれなかった彼だけど、ストイックに自分を曲げない強い彼が。
だから…
私は大きく息を吸い込む。 そして人生で一番の大声を出したのだ。
「負けるな、氷室っ!!」
雑踏の中で私の声は思いのほか響き、12の背番号を背負う彼は私の方を向いたのだ。
久々に氷室くんと目が合った。 目が合ったのは本当に一瞬だったけど、その一瞬が長く感じた。
「名前ちゃん…」
私が声を荒げることなんてまずないから、綾ちゃんはびっくりしていた。 でも私は氷室くんに勝って欲しかった。 ただ、その気持ちだけだった。
選ばれなかった彼だけど、近づくことはできる。 それは自分の才能の限界を知る一番残酷なことだけれども…
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