むかしばなし


氷室くんと目が合った時、その瞳の鋭さに思わず足が竦んだ。
いや、恐怖で動けなかった。

氷室くんが立ち去った後もどうしてか柱の影から動くことが出来なかったのである。

「おい、そこに隠れているヤツ。」

ハッとして現実に戻る。
私に声をかけたのだろうか、柱の影から顔を出すとアレックスさんが私の方をじっと見ているではないか。

「私とタツヤのことをつけていただろ、何のようだ?」

その顔は敵を見る眼差しであった。
ともかく私は害を加えるつもりはないので柱の影から出て姿を表し、彼女の前まで小走りで近づいた。

「尾行をしてごめんなさい、どうしても氷室くんと話がしたくて…」

目の前で初めて見るアレックスさんは背がパリコレに出るモデルのように高く、スタイルも抜群であった。
どうでもいいかもしれないが日本語上手だな。


「タツヤと話がしたかったって、お前が持っているの…?」

アレックスさんが私の手の中にあるリングの存在に気づく。
手を開きリングを見せるように彼女の前に差し出すと大体の事情を察したのか軽くため息をついた。

「…立ち話もなんだから少し座って話すか。」


東京体育館の周りには座れるようなベンチがある。
一緒に階段を降り適当なベンチに腰をかけるとアレックスさんはちょっと座って待っていろ、と私に言ったので大人しく言葉通りにする。
あ、今のうちに綾ちゃんにメールしちゃおう。
携帯を取り出し遅くなりそうなので話が終わった頃にまたメールする、と一報を入れるとアレックスさんが戻ってきた。

「なにが好きか分からなかったから適当に選んだ。」

そうして差し出されたのは暖かい紅茶の缶だった。

「あ、すみません…ありがとうございます。」

「いいって、飲みな。」

私の隣にドサッと座り程よく筋肉がついた長い足を組んで缶コーヒーを飲む。
スタイルがいい彼女が缶コーヒーを飲んでいる姿はとても色っぽくて絵になった。
私もプルタブを開けて買ってもらった紅茶を飲む。
外の寒さもあって口に温かい飲み物が入るのは、ほっとした。

「お前、名前は?」

「名字名前です。あの…あなたはアレックスさんですか?」

「そうだ、タツヤから聞いたのか?」

「はい。あと彼が持っている写真で…」

「そうか。」

沈黙が訪れる。
それはそうだ、まだ会って数分しか経っていないんだし出会い方もなんとも微妙なものだった。
はっきり言えば気まずい。

「お前が持っているのはタツヤが持っていたリングだろ?」

「はい、タイガくんとお揃いのものだと彼が教えてくれました。」

「…でもそれを名前が持っている、なにかあったんだな。」

もう一口紅茶を口に入れため息をつく。
今まであったことを頭の中で整理して冷たい空気を肺に吸い込んだ。

「私は陽泉高校の二年生で氷室くんとは同じクラスで席も隣なんです。
最初はあまり仲良くなかったのですが、段々仲良くなって…」

走馬灯のように今までの記憶が流れる。
誰にでも優しくて紳士的かと思えば毒を吐く失礼な人で、でもたまに優しく笑ってくれて…バスケに真摯で。

「一ヶ月くらい前、氷室くんが体育館で練習をしている時にこう言ったんです『俺、次にタイガと戦うことがあったら勝敗に関係なく兄弟をやめるんだ。元々血は繋がっていないんだし、俺たちは兄弟でいたら本気で戦うことができない。
このリングもなかったことさ』と」

下がる目線、私の視界には自分の膝と飲みかけの紅茶しか入っていないけどアレックスさんが私をじっと見ていることは雰囲気で察した。

「前から氷室くんと話していて気になるところはありました。
バスケを真剣に取り組む氷室くんにバスケが上手いね、って言ったりした時になにか影がある顔になったり、タイガくんの話題になるとなにか後ろめたい気持ちがあるような素振りを見せたり…『俺は君が思うような綺麗な人間じゃない。』と言われた時もとても苦しそうでした。」

だから、と私は続ける。

「私はこのリングを氷室くんに持っていて欲しくて話がしたかったんです。
なにで苦しんでいるのか分からないけど…」

色んなことがあったけど、彼は本当の意味で自分のことはなにも話してくれなかった。

「タツヤは…やっぱり苦しんでいるんだな。」

「え?」

顔をあげる。
するとアレックスさんも悲しそうな顔をしていた。

「アイツらは…タイガとタツヤは二人とも本当にバスケが大好きで目の病気でバスケ選手を引退して、その事実を受け止めきれず荒んでいた私に弟子にしてくれ、って毎日食いついてきたもんさ。
最初は私も渋々だった。でも二人とバスケをやっているうちに私も笑ってバスケをすることを思い出せた。
私はアイツらに救われたんだ。」

アメリカでの大切な思い出に目を細め話してくれるアレックスさん。
でも、と彼女は切り返す。

「二人いるとなればどちらかが優れ、どちらかが劣る。そんなことは当然だ。
なにもかもが一緒、そんなことはありえない。
だから初めは一つ年上のタツヤの方がタイガよりなんでも出来たんだ。
タイガもタツヤに追いつこうと必死だった。
…最初は身長だった。タツヤの方が高かった身長もタイガがグングン伸びて追い越していったんだ。
バスケの方も…」

そう口にした彼女は一回目を閉じ軽く深呼吸をする。
もう一度開かれた瞳は悲哀に満ちていて私までも心苦しくなった。

「タツヤは確かにバスケが上手い。
ただそれは凡人が努力をして“秀才”になっただけで天才ではない。
だけどタイガは天才だった。
バスケの才能に愛されたのはタツヤではなくタイガだったんだ。」

え?

「タツヤが喉から手が出るほど欲しかったバスケの才能は弟であるタイガに与えられて自分には与えられなかった。
タツヤは子どもの頃から頭が良くて誰よりも優しいから最初は悟られないようにしていた。
でもタツヤだって子どもだ。才能に愛され自分を追い越していくタイガに焦りや嫉妬を持つようになる。
ジュニアハイスクールの時、ストリートで戦ったみたいだがある時、怪我をしていたタツヤにタイガが手加減をしたんだ。
結果、タツヤのチームの勝ち。
手加減をされた、という事実にプライドが許せなかったのだろう。
激昂したタツヤが兄弟であるから本気で戦えないと次に戦う時はリングをかけると言ったんだ。」

「…その次の戦いがこのウインターカップなんですね。」

「そうだ。」

手の中にあるリングをもう一度見つめる。

「…氷室くんは本当に欲しかったものが手に入らなかったからあんな顔をしていたんだ。」

コートにいる彼を見たのは数えられるだけだけど、彼がバスケを心から愛していることは私にも分かる。

「私、知らなかったとはいえ氷室くんの地雷を踏み抜きまくっていたのかもしれないです。」

バスケが上手いね。
つまり上手いのであって天才ではない彼は上手止まりなのだ。
才能を欲した彼にとってこの言葉はどれだけ残酷だったのだろう。

「…それでもお前はタツヤのために来たんじゃないか。」

「え?」

アレックスさんは優しく笑ってくれた。

「いずれにしても次だ、タイガとタツヤがやるのは。
私たちは見届けてやろう。」


どんなに辛かっただろうか。

弟と呼ぶほど大切な人に嫉妬をした時。
努力をしたところで本質的に敵わないと分かってしまった時。
私に当たらなければ自分を保てなくなるほど追い込まれていた時。

このリングは次の戦いを見届けてから彼に渡したい。

私はそう思ってもう一度リングを強く握りしめるのであった。





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