私の知らないあなた
ウィンターカップが行われている東京体育館は千駄ヶ谷駅改札を出たらすぐそこなので迷わず来ることができた。
メインアリーナ入口から入場するとそこは冬なのに熱くて独特の空気を醸し出していた。
「結構たくさん人がいるんだね。」
パンフレットを買う綾ちゃんに話しかけるとそうだね、と彼女は呟く。
「高校バスケの全国大会だからね。陽泉の応援席にもあんなに人がいるよ。」
「秋田からあんなに来てるの?」
「保護者やOBもいるっぽいね。 うちのバスケ部は強いから後援会の規模も大きいみたいだし。」
陽泉が出場する試合を観戦するためチケットに指定された席につく。 本当に広い体育館だ、こんなところでバスケをやるだなんてさすが全国大会。 スポーツ観戦というのも生まれて初めてだからなんか変に緊張する。 そんなこんなしているうちに陽泉の選手たちが入場してきた。 あのピンクのジャージはやっぱり目立つな。 選手たちがそれぞれユニフォーム姿になり整列する中、私は見つけたのだ。
「…氷室くん。」
思わず名前を呟く。 こうして姿を見るのは久しぶりな感じがする。 今まで隣の席で制服姿の彼ばかりを見ていたからか、ユニフォームを着て大舞台でバスケをしている姿を見ると遠い人に思えてくる。
「名前ちゃん、うちのバスケ部の試合って見たことある?」
「ないよ、綾ちゃんは?」
「実は一年の頃に一度だけ。学校から生徒を大会運営ボランティアで派遣した時に手芸部がお手伝いで行ったことがあるの。」
「それでどうだったの?」
私が綾ちゃんに聞いたのと同時くらいに試合開始のブザーが鳴り響く。
「…守りがすごい、素人目だけど。紫原くんと氷室くんが入った今ならあの時の比じゃないかもしれない。」
目の前で試合が始まる。 試合はどんどん進んでいく。 だけど
「相手チームが一点も入れられない…?」
全国大会の三回戦というのに相手チームは一点も陽泉のゴールにボールを入れられないのだ。 バスケの試合でこんなことってあるの?
会場全体が唖然にとられ溜め息が聞こえる。 そんな中、目に映ったのは12のユニフォームを着た彼だった。
ボールを手に取り、相手のブロックをすり抜けシュートをする。 一回目のシュートは本当にシュートしたかのように見えたけどそれはフェイクで二回目のシュートが本当のシュート。 相手もこれにひっかかっていた。
彼の綺麗なシュートを見ている間に気がついたら試合終了のブザーが響き渡る。 本当に相手に一点も許さず試合を終えた。
「陽泉やばいな…二試合連続無失点とか。」
「さすが鉄壁という比喩すら生温い絶対防御…」
他の観客からそんな声が聞こえた。 しかも今のが初めてじゃないんだ。もう二試合も無失点試合をやったんだ。
「次はもう準々決勝か。」
綾ちゃんがパンフレットを見ながらそう呟くから私は横からそのパンフレットを覗いた。
「次はどことやるの?」
「次は誠凛っていう東京の学校だね。」
ほら、と誠凛高校が紹介されているページを開いてくれる。 そこで選手の名前を見た時だったか。
【火神大我】
その文字を見た瞬間、目を見開いてしまった。
「タイガ…くん?」
もしかして次の試合、氷室くんはタイガくんとやるの?
「もしかして…リングがお揃いの?」
「もしかしたらそうかもしれない。」
「…明日の試合、見なきゃね。」
一つ頷き私たちは席を立ち上がった。
メインアリーナ観客席を出て通路を歩く。 そんな時だった。 見知ったピンクのジャージが目に入った。
「名前ちゃん、あれ…」
「え?」
綾ちゃんに言われて前を見ると金髪美女が「タツヤー久しぶりじゃないかー!」と氷室くんに肩を回し公衆の面前でキスをしようとしていた。
「うわ、過激。」
「って名前ちゃん思うことそれだけ!?」
あれ?でもあの金髪美女…キスをしてくる、なんか氷室くんの部屋で見たことがある。 もしかして…?
「アレックスさん?」
「え?なに名前ちゃん知っているの?」
「うん、前に氷室くんから聞いたことがある。 アメリカにいた頃のバスケの師匠だって。」
綾ちゃんにそんなことを説明しているうちに氷室くんとアレックスさんは二人で陽泉の列から抜けていくではないか。
「ちょっと追いかけていい?」
私は二人を追いかけることにした。
「いいよ、行っておいでー」
綾ちゃんがそう手を振るので私は二人を尾行した。
二人を追いかけてたどり着いたのは外の踊場である。 私は柱の影から二人を見つけた。 アレックスさんと話し終わったら少しだけでいい、私は彼と話したかった。
だけど私のところまで聞こえてきたのは
「子ども扱いはやめてくれ」
凄く冷たい目をした氷室くんだった。
あの目…体育館で見たときと同じ目だ。 氷のような瞳に私は立ちすくむ。
そして彼はアレックスさんになにかを言い立ち去る。 その時、本当に一瞬だったけど氷室くんと目があった気がした。 その瞳は鋭い刃のようで、私は立ち去る彼にかける言葉もなにもなかった。
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