漫画のようなあなた
長い夏休みも終わり二学期が始まった。 暦の上ではもう秋だというのに蝉はまだ夏は終わっていない、と主張するが如く力強く鳴いている。
はっきりいえば耳障りである。
どういうわけか、あの声を聞くだけでやる気が失せる。 一週間だけの儚い命である彼らには非常に申し訳ないかもしれないが嫌いなものは嫌いである。
そんな私は名字名前。 現在高校二年生。
陽泉高校という秋田にある学校に通っている。 ずっと秋田に住んでいたわけではなく父も仕事でこちらへ来ることがきっかけで高校に進学する際、父と二人で祖父母のいる秋田へ越してきた。
ちなみに母は私が小学生の時に乳ガンで他界している。
母の墓もこちらにあるし、秋田はすごくのどかでいいところだし(ただし冬の雪はマジ勘弁)友達も出来たし…私は高校生活、かなりエンジョイしている。
ちなみに夏休み明けの今日は始業式とホームルームだけ。 あっちぃ…と言いながら教室のドアを開けるとクラスメイトは皆、何故か浮き足立っていた。
「ああ、名前ちゃんおはよ!」
私の前の席に座っているのは鈴木綾ちゃん。 手芸部に所属している手先が器用でクラスのマドンナと言っても過言ではないくらい可愛い女の子なのだが…中身が非常に残念。 どのくらい残念か、といえば…それは追々語るとしよう。
「綾ちゃんおはよう。なんか夏休み開けたってのに教室は賑やかだね。」
むふふ、と綾ちゃんは笑う。
「その様子だと…名前ちゃんは知らないな?」
「なにが?」
「うちのクラスに転校生が来るんだって!アメリカ帰りの男の子!!」
「…へぇ。」
私の返しに反応うっっす!!とずっこける綾ちゃん。
「もう!少しは興味持ったら!?」
「ワアーイケメンガ来タラドウシヨウー?」
「めっちゃ棒読み!!」
おいおい綾ちゃん…可愛い顔が徐々に汚い笑顔になってゆくぞ?
「名前ちゃん分かっていない…夏休み明けの転校生。しかもアメリカ帰り!! これでイケメンで身長たっかくて声がイケボでいてごらん!? そんな人が来たら私…私…!!」
いつの間にか出していたノートとシャーペンを握りしめた我が友の綾ちゃんはそのまま頭を押さえて自分の机に倒れ込んだ。
「そんな漫画みたいな人が来るわけないでしょ?」
「名前ちゃん夢が足りない!! あ、しかも優子ちゃんの左隣の席、空いてるじゃん。 もしかしたら席が隣になるかもしれないよ!!」
「夢…っていうか君の場合は妄想だろ。」
私の座ってる席というのは窓際から数えて二列目。 その窓際から数えて二列目の一番後ろが私、綾ちゃんがその前。 確かに窓際の一番後ろは机こそあるが誰の席でもない。 多分これから新しくクラスの一員となる転校生はこの席になる可能性が一番高いだろう。
洋館の学校に始まりを知らせる鐘が鳴り響く。 そして担任の加納先生(男)が入ってくると学級委員長が号令をかけ朝の挨拶を行う。
加納先生が気怠げに宿題終わってるか?だの各教科係は宿題きっちり集めろよ、だのダラダラ話しているのを私は右耳から左耳にスルー。
「さ、それで始業式に行く前にお前らお待ちかねの転校生の紹介だ。」
氷室くん入ってきて、と担任の声のあと教室の扉が開いた。
すると教室はザワザワしていたのがウソのように不気味なくらい静まり返った。
「えー彼はアメリカから転入してきた氷室辰也くん。 向こうでの生活が長かったそうだが日本語の方は全然大丈夫だ。 これからクラスの一員となるんだから仲良く。」
クラスが一瞬にして静まり返った理由…
それは、背ぇ高っ!!足長っ!!左目は前髪で隠れているけど右目には泣き黒子。 顔は恐ろしいくらい整っていやがる…だと!?
「氷室辰也です、よろしくお願いします。」
ニコッと笑う転校生…その笑顔で世の女性を殺せそうな勢いである。 ってか声もカッコいいとかどんな漫画だよ!!
「あ、氷室くん。ちなみに席は窓際の一番後ろだから。 隣の席にいる女子は名字名前ね。 名字、氷室くん苛めるなよー」
誰が苛めるか!!
私が担任に内心突っ込みを入れているとアメリカ帰りのイケメン、氷室辰也はこちらへやってくるではないか。
「よろしく、名字さん。」
「あ…よろしく。」
天国にいるお母さん… 名前は今、アメリカ帰りのイケメン転校生とか漫画でしか見たことのない人間を目の当たりにして言葉を失っております。
ふと前の席を見ると綾ちゃんは物凄くいい笑顔でノートとシャーペンを握りしめ親指をグッと立てている。
どうしよう… 殴りたい、その笑顔。
私の高校生活。 どうやらもっと賑やかになりそうです。
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