わたしのねがい
私の友人に名字名前という女の子がいる。
彼女はとても優しい人で、私の恩人である。
中学生時代、イジメられていた私は高校に入っても誰とも仲良くなれなかった。
言葉を発せば空気が汚れると言われ、歩いていたら階段から突き落とされそうになり、物に触るだけでバイ菌が移ると言われていた私は、顔を前髪と眼鏡で隠すようになり、ずっと下を向いていた。当然誰とも話さなかった。 むしろ学校にいることが苦痛で仕方なく毎日高校を辞めたいという思いしかなかったが、親に心配をかけたくないし高校は卒業して安心させてあげたかった。
高校に入学してひと月が経った頃だっただろうか。 家庭科の裁縫の授業でたまたま同じテーブルになった名前ちゃんが「すごいね、上手だね」と私に話しかけてくれた。 最初はなに言っているんだこの人、って思ったけど前髪の間から彼女の表情を伺うと本当に真っ直ぐ私を見ていて言葉に裏がないことなんてすぐに分かった。
その日を境に名前ちゃんは私に話しかけてくれるようになった。 移動教室になると一緒に行こうと言ってくれたり、授業でグループになる時は一緒のグループになってくれたり。 ある日は一緒にお昼ご飯を食べてくれた。 最初は名前ちゃんのことを信じられなくて私はなにも話さなかった。 でも名前ちゃんは私に色んなことを話してくれた。 授業の話とかお家の話、たくさんのことを話してくれるうちに私も少しずつ自分の話をするようになった。 そんなある日、名前ちゃんは私の前髪を見て「鈴木さん、可愛いのに前髪で顔を隠してもったいない」って言ってくれた。 臆病な私は顔を隠せなきゃ怖い、そう思ったけど名前ちゃんは私に星のモチーフがついたピンをくれた。
「前髪それだけ顔にかかっているともっと目にも悪そうだからピンあげるよ、良かったら使って。あ、可愛いのにもったいないと思ったのは本当だからね。」
嬉しかった。 単純にその言葉が。 その日を境に私は顔を隠すのをやめた。 彼女がくれた星のピンを前髪につけて。 そしたら意外と世界は明るくて眩しかった。 大して視力も悪くないのに顔を隠すための眼鏡もいつの間にか外していた。 名前ちゃんはいつも一緒にいてくれて私も少しずつ色々話せるようになったし、時間が経てば名前ちゃん以外の人とも少しずつ関われるようになった。
ずっと下を向いていた私に明るい世界を見せてくれた名前ちゃん。 彼女は本当に私を助けてくれた。
…だから今度は私が助けたいんだ。
十二月、秋田はもうすっかり雪化粧。 氷室くんと名前ちゃんが話しているのはもう一カ月以上見ていない。 というより、氷室くんはバスケ部の試合の関係で公欠をとることが多くなり冬休みがもうすぐ始まる今日、バスケの大会のために東京へ行ったそうだ。
いつも賑やかだった名前ちゃんの席。 その隣は机がただぽつんとあるだけで名前ちゃんはボーッと外を眺めている。
氷室くんが名前ちゃんの事を好きなのは割と最初の方から分かっていた。 どうでもいい相手には愛想笑いしかしない氷室くんが名前ちゃんだけは色んな表情を見せ時折愛おしいものを見る目をしていたから。 そして名前ちゃんも…
いや、本人は自分で自分の感情にまだ気づいていないかもしれない。 氷室くんという人が名前ちゃんの世界からいなくなって、彼女は変わった。 笑わなくなったのだ。 ずっと誰も座らない隣の席を見ているか、制服のポケットの中にあるシルバーリングがついたネックレスを見ているのだ。 あのリングのネックレスは氷室くんのものだろう。
氷室くんがリングのネックレスをつけているのは文化祭の衣装合わせで見たことがある。 二人が全く話さなくなってからそれを名前ちゃんが持っているのを見た時、私は直感でこう感じた。
…氷室くんがあれだけ露骨に避けるだなんて並大抵のことじゃない、もしかしてバスケのことでなにかあった?
そんな予感がした私はある日お菓子をたくさん持って以前話したことがある紫原くんのところへと向かった。 緩い彼はお菓子で買収すれば氷室くんのリングについて紫原くんが知っている範囲で話せることを私に教えてくれた。
リングは東京で行われる大会に出る他校の人との兄弟の証であること、その人と当たったら勝敗関係なく兄弟やめるということも。
これで大体の予想はできた。 やっぱりバスケのことであの二人になにかあった、と。
…でも、このままいけば氷室くんも名前ちゃんもバッドエンド一直線だ。 氷室くんには名前ちゃん泣かせたらなにがあっても許さないと言ってしまったが…名前ちゃんは現に苦しんでいる。
「ねぇねぇ名前ちゃん。」
私に出来ること、ちょっと強引すぎるかもしれない。
「なに、綾ちゃん。」
「冬休み…っていうか年末は暇?」
「やることは特にないし暇だけど…?」
私が望むのは私を助けてくれた名前ちゃんの幸せだ。 そして私は言ったのだ。
「一緒に東京へ行かない?名前ちゃんと行きたいところがあるの。」
名前ちゃんの幸せのため。
そのためならなんでもできる気がした。
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