unfair
例え死に物狂いの努力をして扉の前に立てたとしても、俺の前では扉はただの壁だ。 その扉は俺が開けることを許していない。 バスケの才に愛された者だけが開けられる扉は俺の前では鍵穴もドアノブすらもなく開ける術がないのだから。
昼休み、ただ一人礼拝堂にいる。 誰もいないこの場所は本当に静かで俺を一人にさせてくれる。 祈りを捧げるために作られたこの場所は気が立っている俺を少し鎮めてくれる気がした。
なぜあの時名前にあんなことを言ってしまったのか。 答えは簡単だ、ああでも言わなきゃ俺が壊れてしまう気がしたんだ。 アツシという絶対的な才能を前にして俺は改めて気づいてしまったんだ。
“アツシと同じ才能を持つタイガには敵わない”
本当はどこか心の奥底でそう思っているんだ。でも認めたくない。 俺の方が才能を持っているアイツよりバスケを愛しているのに…なんで俺じゃないんだと嫉妬でどうにかなってしまいそうだ。
本当に…喉から手が出るほど欲しいものは手に入らない。
十字架を見ながらため息をついたその時だった。 礼拝堂の扉を開ける音が聞こえた。 軽い足音が俺の方に近づく。
「やっぱりここにいた。」
「鈴木さん…?」
名前の親友である鈴木綾が俺の横に立っていた。 思いがけない来客にしばし呆気に取られたが彼女は柔らかく笑うと俺の隣に腰をかけた。
「氷室くんクリスチャンなの?」
「特にそういうワケじゃないよ。ただ向こうでの生活が長かったからかこういうところは落ち着くね。」
そっか、と彼女が呟く。 思えば鈴木さんと二人きりで話したことはない。 いつも名前がいたから。
「氷室くん、ひっどい顔。」
「え?」
いきなりなんのことかと思い鈴木さんの方へ顔を向けると彼女は見たこともないような真剣な顔をしていた。
「…名前ちゃんとなにかあったんでしょ。」
鋭い眼差しは刃のようで俺を貫くようだった。
「名前から聞いたのかい?」
「ううん、聞いてないよ。それとも気がつかないとでも思ったの? あれだけ露骨に名前ちゃんを避けていて。」
すうっと息を吸うと鈴木さんは水晶玉のような瞳を閉じた。
「でも安心した。」
「え?」
「氷室くんは本心をなかなか見せなくて誤魔化すのが上手な人だと思っていた。」
ね、と彼女は俺を見て微笑む。
「…俺はそんな人間が出来ていないよ。」
もし彼女が言うように誤魔化すことが上手な人間なら名前にあんなことを言わないし、この醜い嫉妬を自己完結できたことだろう。 なんともいえない黒い感情が心を渦巻く。 そんな俺を見た鈴木さんは膝の上に置いてある自分の手を見ながらポツリ、ポツリと話し始めたのである。
「名前ちゃんね、すごく自分を隠すのが上手だし弱音も吐かないの。 名前ちゃんのお家の人も言っていた。 小さい頃にお母さんを亡くしてから泣かなくなって…なんでも自分でやるようになったって。 我が儘らしい我が儘もなければいつも他の人を優先させるような子だったって。 それは私も見ていて分かる。 名前ちゃんはなにがあっても明るいし、前向きなの。 私はなんて可哀相なんだって悲劇のヒロインぶることもない。 だから逆に怖いんだ。知らない間に名前ちゃんがたくさん傷ついて壊れていっちゃうんじゃないのかって…」
名前のことが本当に大好きなのだろう。 ここまで一人の友人についてを語れる彼女を見て心底そう思った。
「…それに、氷室くんがいつも着けていたシルバーリングのネックレスを名前ちゃんが持ってるね。」
「どうしてそれを…?」
「この間見たの。名前ちゃんがポケットの中から出してボーッと見つめているの。 多分私くらいしか知らないだろうけど。」
そう言った彼女は今度は俺の方を向いた。 彼女の瞳が真っ直ぐ俺を射抜く。 俺は目が逸らせなかった。
「…やっぱり氷室くんにはこんなまどろっこしい聞き方じゃなくてストレートに聞いた方がよかったのかな。 まどろっこしいのは私も苦手だな…だから単刀直入に言うね。
氷室くん…名前ちゃんのこと好きでしょ。」
「え…?」
突然すぎて間抜けた声を出してしまった。
「もちろんlikeじゃなくてloveの好き、だよ。」
時が止まった気がした。 彼女に名前への好意を見抜かれたことに。 自分でも口にしないようにしていたのに。
「いつから…気がついていたの?」
「否定しないってことはやっぱりそうか。 氷室くんを見ていれば意外と分かったよ。 氷室くん、どうでもいい人にはただ笑っているだけだもん。」
彼女はクスクスと笑う。 でも笑うだけではない。
「…だから、なんで私が氷室くんのところに来たのかって言うとね一言どうしても言いたいことがあったからだよ。」
俺の隣から立ち上がった鈴木さんの目は氷のように冷たかった。
「なにがあったのか知らないけど、これから先…名前ちゃんを泣かせるようなことがあったら絶対に許さないから。」
その言葉は重く俺にのしかかった。
「…肝に銘じておくよ。」
俺の返事を聞いてからなにも言わず鈴木さんは礼拝堂から立ち去った。
またこの空間には俺ただ一人だ。
名前が好き、他者に心の内を抉られなんともいえない気分だ。 好きなのに行き場のない感情をぶつけて傷つけてしまった俺にもう一度彼女の隣にいることは許されるのだろうか。
この世界は本当に不公平だ。
俺が欲しいものは手にすらかすらないのだから。
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