遠い

『名前ちゃんは偉いね、お母さんがいなくてもしっかりしていて』

『名前ちゃんは頑張り屋さんだもんね』


幼い頃に母を亡くした私は小さい頃から一通りのことは自分でやってきたし、我が儘も言わなかった。

“お母さんがいなくなって悲しいのはお父さんも一緒、悲しいのは私だけじゃないんだ”

そう自分に言い聞かせて寂しい気持ちも辛い気持ちも我慢するようにしていた。
それが周りの大人は私を“しっかりしている偉い子”と評価したのである。



“このリングを捨てるまで俺の前に現れないでくれ”

体育館でそんなことを言われたのが二週間前。
と言っても氷室くんとは同じクラスだし、ましてや隣の席で顔を合わせるなという方が無理である。
でも私たちの関係は変わった。
挨拶をしなくなった。

「氷室くんおはよう」

「おはよう、名前…寝癖ひっどいね。」

「これでも頑張って直してきたんです、お願いだから傷を抉らないで下さい。」

前はこんな感じで挨拶していた。
まあ氷室くんが私を弄り倒すのはいつものことだった。

氷室くんは私が横にいても目を合わせようともしないし、私を空気として扱っているような感じもする。
休み時間もすぐ席を立ち上がりフラッと消えてしまう。

つまり無視、か。

私の制服のポケットの中には彼の胸にあったリングが入っている。
彼は“リングに縛られている”と言った。
きっと体育館で私は彼の地雷を踏み抜いたのだろう。
特にタイガくんの話題になるといつもの氷室くんではないみたいになる…やはりタイガくんとなにかあったのか。

休み時間、隣人はいない。

私はリングをポケットから取り出し手の中でまじまじと見つめる。

私には捨てないでくれ、って懇願しているようにしか聞こえなかった。
氷室くんはなにに苦しんでいるの?


「…ちゃん、名前ちゃん!」

ハッとして現実に戻ると目の前には綾ちゃんがいた。

「あや…ちゃん?」

「さっきからずっと呼んでいたのに名前ちゃんがボーッとしてるんだもん。」

「あ…ああ、ごめん。」


リングを咄嗟にポケットの中にしまう。
その光景を友人はなにか言いたげな様子で眺めていた。

「お昼だもんね、一緒に行こうか。」

頑張って笑顔をつくる私。

氷室くんに避けられることで胸が痛くて苦しい。
ただ席が隣の超絶失礼なイケメンだけど優しくて努力家で…
気がつけば最近は氷室辰也という人間を占める割合が大きくなっていた。

でも私は彼に姿を現すなと言われてしまった。
彼を苦しめるものを少しでも和らげてあげたいし力になりたいのに、私はなんて無力なんだろう。


だから今こそ“偉い名前ちゃん”にならなくちゃ。
小さい頃から皆に言われた“我が儘を言わない名前ちゃん”にならなくちゃ。


彼にしたら私は姿すら見たくない人間なのだ。


泣きたい気持ちをグッと押し込め私は綾ちゃんとお昼ご飯のために席を離れた。
誰も座っていない私と氷室くんの席を見ると虚しさが広がった。

席は近いのに心は遠い。

誰も座っていない席は私にそう突きつけてくるようにしか見えなかった。




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