地雷


「あ」
「あ…」

そんな声を漏らして規格外な体型をしている紫色の髪をした男子とばっちり目があった。
そして見事に声がハモった。
冬ももうすぐ目の前という昼休みの廊下で私は以前ベビースターラーメンを恵んだ紫原くんに遭遇したのである。

「紫原くん久々だね。」

相変わらず規格外にデカいな、そしてスナック菓子をバリバリ食ってんな。
私が声をかけると紫原くんはお菓子を口に運ぶのを一旦やめ、なにか思い出すような素振りを見せていた。
あ、これもしかして私のこと覚えていないフラグかな?
まあ仕方ないよね私と会ったの一回だけだし、氷室くんという間接的な接点しかないし。

「あぁ〜思い出した〜室ちんの彼女〜」

突然なにを言い出すのかと思ったら間延びした声でとんでもないことを言い出したぞ。

「違うわ!!」


なんで私がイケメンの彼女になっているんだよ!
私なんかが氷室くんの彼女になったら陽泉の女子たちから串刺しにされるわ!!

「え〜違うの〜?」

「違うよ、ただ氷室くんと同じクラスで隣の席ってだけ。」

「あ、名前ちんか…」

「そうそう正解。」

「お菓子持ってない?」

「早速強請るんかい!!


体型が規格外だと頭の中身まで規格外になるんかい!
でも確かポッケにラムネが入っていたはずだ。
バッグにまだ飴も入っていたし、ラムネの小パック一袋くらい恵んでやるか。
私はなんだかんだでお菓子をこの紫色の髪をした巨人後輩にあげるのだから甘いのではないかと思ったのは内緒な話。

「最近、バスケ部大変そうだね。」

「そう?あ、ラムネありがとー」

「氷室くんも同じクラスのバスケ部の子も夜遅くまでやってるみたいだし、年末は東京で大きな大会あるんでしょ。」

「あー、ウィンターカップだね。室ちんやけに張り切っていたし練習も夜遅くまで残ってることあるし。」

やっぱり氷室くんはめちゃくちゃストイックなのね、一回体育館で夜遅くまで練習してるの見たしとても想像がつく。

「紫原くんはやらないの?」

「なにが?」

「練習。」

私が練習という言葉を口にした瞬間、紫原くんはゲテモノを食わされたようなとんでもない顔をした。

「練習なんか考えるだけイヤだし。出来ればやりたくないよー」

「え?でも紫原くんはスタメンなんでしょ?」

彼がスタメンであることは氷室くんから聞いたことがある。
そして中学時代はとんでもない天才集団の中にいて、紫原くんは天才そのものであることも。
全国屈指の強豪校で一年にしてスタメンの座を勝ち取っているのだからバスケが大好きでいたのかと思ったのだが今の顔を見てとても好きそうには見えない。

「もしかしてバスケ嫌い?」

私がそう聞けば頷く。

「うん、嫌いだよ。でも負けるのはもっとイヤだからやってんの。」

こんな話するなら俺もう行くからバイバイ〜、そう付け足して彼は私に背を向けて手をヒラヒラと振りながら廊下を歩いていった。

…世の中には変わった子もいるもんだ。
嫌いなのにやってるだなんて。

そんなことがあった昼休み。
だが今となっては日もどっぷりと暮れ夜八時近くになってもまだ学校にいるのである。

何故かって?

ははは、また名字さんの悪いクセですよ。
担任が入試広報の係りやっていて合同説明会や学校説明会とかで使うパンフレットや資料を封筒に詰めを手伝っていたのです。
とても気が遠くなる数をなあ!!

担任が土下座する勢いで頼んでくるからその勢いに圧倒された私はノーと言えることなんか勿論できるはずもなく手伝いましたさ。
その結果がこの時間まで残るハメになった、というわけだ。


もう夜ともなればかなり寒い。
雪だってチラつくだろう。秋田の冬は二回目だけど、雪とか本当に天変地異なのじゃないかと驚く。

吐く息は白く、学校を出ようとする…が、以前にもこんな出来事があった私は真っ直ぐ帰路につかず足は灯りが煌々とついている体育館へと向かうのであった。

灯りが漏れる体育館の扉を開けるとボールの弾む音が聞こえた。

氷室くんだ。

やっぱり一人で遅くまで練習している。
軽々しいドリブル、無駄のないシュート。
本当に上手だな…
そう思って私が見ていると氷室くんは私に気がついた。

「あれ…名前?」

「あ、ごめん…練習の邪魔しちゃって。見てていい?」

私がバスケを見たいという意思表示をすると氷室くんは驚いたような顔を見せたけど、すぐにまた笑って

「ああ、いいよ。」

と、またボールを持ちシュート練習をするのだった。

ローファーを脱ぎ体育館に上がる。
邪魔にならなさそうな出入り口に近い場所で私はボールを操る氷室くんを見ているのであった。

「また誰かの頼みごとを受けていたのかい?」

ドリブルからシュートの動きをしながら彼は私に尋ねる。

「うん、先生の頼みでね。学校案内のパンフレットを封筒に詰めていた。」

「名前は相変わらずノーが言えないね。」

スパンっと音をたてボールがネットをくぐる。
落ちたボールは鼓動を刻むように床の上を跳ね、氷室くんは籠からまた新しいボールを取り練習する。

「…練習、頑張ってるね。」

「ウィンターカップが近いからね。アツシの友達もたくさん出るし、タイガも出るだろう。
だからすごく楽しみだよ。」


紫原くんのお友達って中学時代の天才集団のことかな。
タイガって…

「タイガくんも出るの?」

「タイガは予選を勝たなきゃいけないけどね、でも…来るだろうね。確信している。」

「そっか、兄弟対決か。どっちが勝ってもいい試合になるといいね。」

「兄弟、ね…」

氷室くんがそう呟きボールをネットに潜らせるとボールは床に落ちる。
最初は勢いよく弾んでいたボールも勢いがなくなればコロコロと床を転がっていく。

「氷室くん…?」

彼がすぐボールを拾わないことを不思議に思い眉を潜めると彼は私に背を向けて話し出した。

「名前には話していなかったっけ?」

ゆっくり彼は私の方を振り向く。

「俺、次にタイガと戦うことがあったら勝敗に関係なく兄弟をやめるんだ。」

えっ…?

彼の目は刃のようだった。
その鋭い目に私は時が止まったような感覚さえ感じた。

「き、兄弟を辞めるって…どういうことなの?」

「言葉通りだよ、元々血は繋がっていないんだし。
俺たちは兄弟でいたら本気で戦うことができない。
このリングもなかったことさ。」

今も胸にある兄弟の証であるリング。

『アメリカにいた頃に出会った弟との…兄弟の証だよ。』

以前体育館でリングのことを聞いた時、そう話してくれた彼は大事なものを語るようにそう話してくれた。
なのに今の彼は殺伐としていて、とても同じ人だとは思えなかった。

「なんで…」

なんでそんな顔をしているの、そう言いたかった私は言葉を詰まらせてしまった。

「ぶっ潰してやりたいんだよ、タイガのことを。」

荒々しい言葉を口にする氷室くんは本当に人を殺せそうな雰囲気を持っていた。
でも私は怯むことなく息を吸い言葉を発したのだ。

「だったらなんでそんな顔をしているの!!」

やっと出た言葉は押し出すかのようにして言ったせいで私たちしかいない体育館に私の声が響いた。

「なんで…そんな顔するのよ。」

氷室くんに歩み寄る。

「前にここで私にタイガくんのことを話してくれた時、リングの思い出をすごく大切そうに話してくれたじゃない。
本当に氷室くんはそれを望んでいるの?」

「ああ。」

「だったら…なんで今でもリングをつけているの?
氷室くん、すごく傷ついた顔してるよ。
兄弟を辞めるって言ってるけど…氷室くん本当にそう思っているの?
私にはそう見えないよ…」


臆病者な私が殺気立っている氷室くんにそう言えるのは氷室くんがどこか辛そうな顔をしているから。
まだ氷室くんがリングをつけているから。
氷室くんの兄弟を辞める、という言葉が彼がなにかに苦しむ叫びに聞こえたからである。

お互い目を逸らすことなく真っ直ぐ見つめる。
どのくらい時間が経ったのか分からない。
氷室くんがため息をひとつつき私から目を逸らした。

「俺は…君が思うような綺麗な人間じゃない。」

彼がそう呟き自分の首に手をかけるとチェーンを外したのである。

「ひ、むろく…ん?」

なにをしているの?と思う間もなくリングを外した彼はずい、と私に突き出した。


「君の目にそう映っているのなら今の俺は違う俺だ。」

私の右手を取りさっきまで氷室くんの手の中にあったリングを私に握らせる。
顔は前髪に隠れてよく見えないが声はひどく落ち着いていた。

「俺がこのリングに縛られているのは事実かもしれない。
だから君もそういう風に見えたのなら…捨ててくれ。」

「え?」

「そしてこのリングを捨てるまで俺の前に姿を現さないでくれ。」


まるで後頭部を鈍器で殴られたような感覚が私を襲う。
私はリングを手に握りしめたままその場から動けなくなっていた。
ただ彼は何事もなかったかのように私に背を向け再びボールと向き合いシュートを続ける。

彼が私に話してくれることも私を見てくれることももうなかった。






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