俺の世界、君の世界
いつからだろうか。 彼女が俺の世界の中で割合を多く占めるようになってきたのは。
名字名前、俺のクラスメートで隣の席に座る彼女はとても不思議な人だ。 言動がコメディみたいに愉快で中々目が離せないところもあるけど自分を表現する時、はっきりと自分の思うことを言う。
俺が君らしいと言えば 「私らしいってなんだ」 と答えるし、自分の料理のスキルは亡くなった母の教育の賜物だと言う彼女にそれは旨いのも頷けると応えれば今まで見たことない柔らい笑顔を見せてくれた。
きっと俺が思うに彼女はナチュラルで等身大なのだろう。
背伸びをすることなくストレートに俺と向き合ってくる。 彼女のそういうところはとても素敵だと思うし好感も持てるけど、そのストレートな彼女の言葉に俺の醜い部分がいつか暴かれてしまいそうで内心とても怖い。
誰にも知られたくない俺の醜い部分。 心の奥底に鍵をつけて誰の目にも触れられないように閉じこめたはずなのに彼女にはそれを簡単に引き出されてしまいそうで…。
彼女を脅威として見ているのならば彼女から距離をとり普通のクラスメートとして接し続ければいいのだが…なぜか彼女から離れようとは思えなかった。 それが何故なのか、本当は自分の中でとっくに答えは出ているけど認めたくない。 認めたらいつか彼女に醜い自分を見られてしまう。 それがとてつもなく怖いからだ。
「結局氷室くんバッシュ買ったね。」
「買わないつもりだったんだけどね…つい、ね。」
スポーツショップから出た俺たちはまたエスカレーターに乗り他のフロアへ行っている。 買わないつもりだったバッシュは名前と話しているうちに買いたくなってしまい購入に至った。 バスケのことを全く知らない名前とバスケ中心で世界が回っている俺は一見相容れないかと思うが、名前は自分の知らないことはとことん相手に聞くタイプだ。 普通なら飽きてしまうであろう話も名前は表情をコロコロ変えながら聞いてくれる。 …バッシュの話をしていて一番面白かったのは値段の話だ。
「平均約二万円の靴を半年に一回履き潰すってことはバッシュ代ってバカにならないね… それに予備まで入れたら、うわぉ…バスケをまた違った目線で見られそうだよ。」
予想を遥か斜め上をいくバスケの見方でつくづく名前は面白いな、と思った。
「なんか俺の買い物みたいになってるけど、名前はなにか買いたいものとか見たいものとかないの?」
「うーん、特にないかな…見たいものも買いたいものも。」
「女性はみんな買い物好きだと思っていたけど、名前はそうでもなさそうだね。」
「そうでもないよ、私も普通に買い物好きだしお店見てるのも楽しいし。」
寮の門限の関係で今日はこの駅ビルを回って終わりだろう。 俺と名前は大型雑貨店の入るフロアへやってきた。
「雑貨か…」
「氷室くん、雑貨とかあまり買わないかな?」
「そうだね、買わないかな… クラスの女子たちはよくデザインなんかが凝った文房具とかを持っているね。 あれはこういうところで買うのかい?」
「そうだね、大体こういうところで買っているかも。可愛かったり面白い雑貨とかたくさん売ってるよ。」
今度は名前に連れられて店の中を見て回るが化粧品から文房具、キッチン用品から便利グッズなど本当に幅広いものが売っている。 名前は気になるものを手にとって眺めていたりするが…そのほとんどはキッチン用品だったりする。 …化粧品とかのコーナーには行かないのか? そう言えば今日の名前、よく見たら化粧をしている。 学校やこの間家に行った時は化粧をしていないから化粧をしている名前を見るのは初めてだ。 もし名前じゃない人なら「今日は化粧をしているんだね、可愛いよ。」とでも言えたのかもしれないが、どういうわけか名前にはその一言が言えない。 それは名前が可愛くないと思っているわけではなく、むしろその逆で…
「氷室くん!」
名前が俺の名前を呼んだ。 物思いにふけっていたから名前を呼ばれ少し驚いてしまった。
「ボーッとしていたけど大丈夫?」
首を少しかしげる名前に俺はごめん、と軽く謝った。
「名前はキッチン用品が欲しいの?」
「ううん、必要性は特に感じていないけどあったら便利かなって。 まあ買わないけどね。」
そう笑った彼女は手にしていた商品を陳列棚に戻しまた店の中を歩き始めた。 俺も後ろからついていくと名前はあるところで足を止めた。 なにを見ているのかと思い目線を追うとそこはクリスマス、と大きくかかれたコーナーがあったのだ。
「まだクリスマスは当分先なのにもうクリスマス用品が出てるのかい?」
「日本はイベントが大好きだからね…でも、クリスマスの用品って見てるだけでも楽しくなれるよね。」
まだクリスマス用品が出始めということもあってツリーやリース、クリスマスカードが少し並んでいた程度だけどきっとこれから、このクリスマスの棚がこの店を占領しクリスマスムード一直線になるのだろう。
「あ、これ…」
突然名前が声を漏らし一つの商品を手にとってまじまじと眺めていた。 一体なにを見ているのかと思い、その手の中を覗いてみるとそこにはスノードームがあったのだ。
「スノードーム?」
名前の手の中にあるスノードーム。 透明な球体の中にサンタクロースがいて、それを振るとキラキラとした粉が球体の中で舞っている。 他にも商品の棚には天使やクリスマスツリー、外国の街のジオラマなど色んなスノードームが並んでいたのだ。
「私、スノードームって好きなんだ。」
ガラスの中でキラキラと舞う雪を見ながら名前はそんなことを言った。
「小さい時ね、クリスマスの時期になるとお母さんがスノードームをリビングに飾ってくれていたの。 なんで飾るのって聞いたらお父さんがお母さんに初めてあげたクリスマスプレゼントがスノードームだったからその思い出にって… 今ではもうお母さんがいないけど…クリスマスになるとスノードームは今でも飾っているんだ。」
嬉しそうだけど淋しそうな名前の瞳に胸が少し締め付けられたような気がした。
「あっ…ごめんね!暗い話しちゃって…」
でも彼女は一瞬でそんな淋しそうな雰囲気を払拭し明るく振る舞う。
「名前は…強いね。」
「えっ?」
今はもういない母親との思い出を語れる名前は俺なんかよりもずっと強く、それと同時に真っ直ぐな彼女を綺麗だと思った。 俺も棚に並ぶスノードームを一つ手にとり軽く振る。
…もし俺の心がスノードームのようにガラス張りで誰からも見られるようになった時、そこにはどんな世界が広がっているのだろうか。
絶対こんなに綺麗な世界なんか広がっていない。 振ればひび割れ、醜い嫉妬と行き場のない虚しさが球体の世界をドロドロと渦巻き自分に降りかかって消えることなく足元に溜まっていくんだ。
だからこそ名前に見られたくないんだ。
俺が真剣にバスケをしているところを好きだ、と言ってくれた彼女に自分のバスケの才能の限界を知った上で才能に恵まれた者たちを激しく妬んでいる醜い自分を。
ひとつ溜め息をつき彼女を見つめると、ただ真っ直ぐ俺を見つめていた。
俺と名前、それぞれの手の中にあるスノードームは閉じられた世界の中でただただ静かに雪が舞い美しい世界を作り出しているだけであった。
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